ジョイスの『ユリシーズ』にちなんだブルームスデー、ダブリンで祝賀イベント
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【6月17日 AFP】金融危機で経済不安が広がっているアイルランドで16日、地元出身の小説家ジェイムズ・ジョイス(James Joyce)のファン数千人が首都ダブリン(Dublin)に集結し、不況を吹き飛ばせとばかりに、ジョイスの代表作『ユリシーズ(Ulysses)』にちなんだ記念日「ブルームスデー(Bloomsday)」を祝うさまざまな催しを楽しんだ。
超大作『ユリシーズ』は、今から105年前の1904年6月16日のダブリンが舞台。新聞社の広告取りでユダヤ人のレオポルド・ブルーム(Leopold Bloom)と作家志望のスティーブン・ディーダラス(Stephen Dedalus)が市内を彷徨する1日を、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア(Oyssey)』のパロディとしてコミカルに描く。
主人公ブルームの名にちなんだブルームスデーが初めて設けられたのは1929年のパリ(Paris)で、『ユリシーズ』完成から8年後のことだった。ブルームスデーが20周年を迎えた時、ジョイスが「人々は将来もこの日のことを忘れないでいるだろうか」と心配していたという話は有名だ。
小説の舞台ダブリンで、最初のブルームスデーの祝賀行事が開催されたのは50周年を迎えた1954年。このとき、作家たちが馬車に乗り、小説の舞台すべてを訪れた出来事は、現在も語り草となっている。以来、ダブリンでは毎年6月12-16日にフェスティバルが開催され、世界中からジョイス・ファンが集う。
ジェイムズ・ジョイス・センターのジェームズ・クイン(James Quinn)氏によると、ブルームスデーには「公式プログラム」などはない。参加者はたいてい、1904年当時のファッションに身を固め、好き勝手に街を歩き回り、ブルームが好んだニワトリなどの家畜の内臓やゴンゴンゾーラ・サンドイッチを食べ、バーガンディを飲み、小説に出てくるさまざまな場所やパブでの朗読会や祝賀会に出席する。
生涯の大半で「自発的亡命」生活を送ったジョイスは、生まれ故郷のダブリンに対し、愛憎の入り交じった感情を抱いていた。1909年に彼は書いている。「僕がダブリン生まれだなんて、ああうんざりだ!この街には失敗、憎しみ、不幸があふれている」(c)AFP/Andrew Bushe
超大作『ユリシーズ』は、今から105年前の1904年6月16日のダブリンが舞台。新聞社の広告取りでユダヤ人のレオポルド・ブルーム(Leopold Bloom)と作家志望のスティーブン・ディーダラス(Stephen Dedalus)が市内を彷徨する1日を、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア(Oyssey)』のパロディとしてコミカルに描く。
主人公ブルームの名にちなんだブルームスデーが初めて設けられたのは1929年のパリ(Paris)で、『ユリシーズ』完成から8年後のことだった。ブルームスデーが20周年を迎えた時、ジョイスが「人々は将来もこの日のことを忘れないでいるだろうか」と心配していたという話は有名だ。
小説の舞台ダブリンで、最初のブルームスデーの祝賀行事が開催されたのは50周年を迎えた1954年。このとき、作家たちが馬車に乗り、小説の舞台すべてを訪れた出来事は、現在も語り草となっている。以来、ダブリンでは毎年6月12-16日にフェスティバルが開催され、世界中からジョイス・ファンが集う。
ジェイムズ・ジョイス・センターのジェームズ・クイン(James Quinn)氏によると、ブルームスデーには「公式プログラム」などはない。参加者はたいてい、1904年当時のファッションに身を固め、好き勝手に街を歩き回り、ブルームが好んだニワトリなどの家畜の内臓やゴンゴンゾーラ・サンドイッチを食べ、バーガンディを飲み、小説に出てくるさまざまな場所やパブでの朗読会や祝賀会に出席する。
生涯の大半で「自発的亡命」生活を送ったジョイスは、生まれ故郷のダブリンに対し、愛憎の入り交じった感情を抱いていた。1909年に彼は書いている。「僕がダブリン生まれだなんて、ああうんざりだ!この街には失敗、憎しみ、不幸があふれている」(c)AFP/Andrew Bushe