【5月5日 AFP】サウジアラビア人の青年、アブドルアジズ・バダハ(Abdulaziz al-Baddah)さん(29)は、キューバ・グアンタナモ(Guantanamo)の米海軍基地にある収容施設の元収容者だ。

 アフガニスタンの人道支援団体「ワファ(Al-Wafa)」で働いていたが2001年12月、同団体を国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)の支援団体と疑う米軍にパキスタンで身柄を拘束され、グアンタナモに送られた。

 このほど、サウジアラビア内務省で行われたインタビューで、バダハさんは「サウジアラビアに戻りたかった。サウジで死刑になったとしても、グアンタナモよりはましだと思った」と語った。

 しかし、サウジに戻った彼を待っていたのは死刑などではなくメッカ(Mecca)にいる家族との再会だった。バダハさんは尋問や精神鑑定を受けたが「グアンタナモよりずっと人間的な扱いを受けた」という。

 その後、バダハさんはサウジアラビアの首都リヤド(Riyadh)に新たに開設した「聖戦」の元戦闘員向けのリハビリテーション施設「ムハンマド・ビン・ナエフ皇太子ケア・アンド・カウンセリングセンター(Prince Muhammed bin Nayef Centre for Care and Counselling)」に送られた。そこでバダハさんの米国に対する憎しみや「聖戦」への熱意は、次第に薄れていったという。

 バダハさんはインタビューで「罪のない人びとを殺しても何の利益にもならない」と、施設で教えられた通りの模範的な回答を口にした。

■元戦闘員の社会復帰を目指す

 このリハビリ施設は、国内外で逮捕されグアンタナモやサウジ国内で身柄を拘束されていた元戦闘員らの社会復帰を目的に設立された。教義問答に優れた選抜された聖職者が、対話やクラス形式による討論を通じて、元戦闘員たちに聖戦とは何か、聖戦を呼び掛けることができるのは誰か考えさせる。同センターで導かれる答えは「聖戦を決定できるのは高位のイスラム教聖職者だけで、国王の同意と聖戦士の両親の承認も必要とする」というものだ。

 センターで講義に参加し、潤沢な生活支援を受けるに従い、バダハさんは次第に政治への関心を失っていった。現在、彼は家業の不動産業を手伝っている。結婚して2人の娘ももうけ「センターはぼくの人生観を変えた。まるで生まれ変わったみたいだ」と話す。

 公式な統計は公表されていないが、サウジ政府が同センターの運営に多額の資金を費やしているのは間違いない。「卒業生」には車、教育費、医療費から結婚資金まで支給する。一方で生活は監視され、定期的な報告が義務付けられるほか、海外への渡航を禁じられるなどの制約もある。

 しかし、リハビリプログラムの目的は、元戦闘員たちが、サウジアラビア人の一般的な生活観を取り戻し、家族との暮らしに満足感を見出せるよう導くことだ。

 この手法は、特に分別の定まらない若い時期に武装勢力に加わった青年らを中心に大きな成功を収めているようだ。

■「あんた、どこかで見た顔だね」

 もっとも、全てが順調にいくというわけではない。米国の大学に留学し、米国でイスラム教聖職者を務めていたジュマ・ドサリ(Juma al-Dossari)さん(34)は、2001年にパキスタンで米軍に身柄を拘束され、グアンタナモに移送された。

 ドサリさんはグアンタナモで拷問や数度にわたる自殺未遂など過酷な経験を経て、2007年に母国の土を踏むことができた。

 同センターで数か月のリハビリプログラムを受けたあと、現在はサウジアラビア東部ダンマム(Dammam)でコンピューター科学と英語を学ぶ。家族とともに暮らし、今後の人生の展望も開けてきたと感じている。

 しかし、社会復帰の過程ではつらいこともあった。グアンタナモ収容者だったという過去から完全に逃れることはできない。「私を英雄視する人もいれば、裏切り者やテロリスト呼ばわりする人もいる」とドサリさんは言う。

 ある日、地元で買い物をしていたドサリさんは店員の言葉に凍り付いた。「あんた、どこかで見た顔だね。誰だったかな?」

 次の瞬間「思い出した!あんた、サッカー選手だろう?」と言った店員にドサリさんは「そうかもね」と答えたという。(c)AFP/Paul Handley