【1月7日 AFP】元福井県警察官の茂幸雄(Yukio Shige)さん(64)は定年退職も毎日、東尋坊(Tojinbo)沿いをパトロールしている。自殺の名所として有名な東尋坊で、個人的に自殺防止活動を行っているのだ。

 自殺しようとする人を思いとどまらせる、茂さんの方法は極めて単純だ。東尋坊のがけに立っている人を見つけたら優しく話しかけ、近くにある茂さんの茶屋に連れて行き温かいおもちをごちそうする。茂さんは、がけに立つ姿を見るだけで、その人が何のためにそこにいるのかが分かるという。大半の人は声を掛けると安堵(あんど)した表情を見せ、すぐに涙ぐむ。

 2004年に警察を定年退職する直前まで、茂さんは、日本海の高波が打ち付ける東尋坊の険しいがけから飛び降りる自殺者の人数を知らなかった。ある時、ひと月で10体もの遺体が発見されて驚いたが、それよりもっと衝撃的だったのは、地元住人がここでは普通のことだと言ったことだ。

 茂さんは退職と同時に、悲嘆に暮れて東尋坊に来る人たちを支援するため、がけの近くに小さな茶屋を開き、非営利団体(NPO)を設立した。以降、東尋坊に沿って約1.4キロの道のりをほぼ毎日パトロールし、双眼鏡でがけを確認している。茂さんと支援者らによると、この4年8か月の間で167人の自殺を防いだという。

■個人的な問題から社会問題へ

 警察の2007年の統計によると、自殺の一番の理由は絶望で、病気と借金がそれに続く。東尋坊だけでも07年までの10年間で257人が自殺しており、自殺未遂も多数起きている。
 
 日本は世界でも自殺率の高い国の1つだが、自殺は個人的な問題と考えられる傾向があるため、当局は長い間この問題を放置してきた。政府は06年、ようやく自殺を社会的問題と認めて自殺対策基本法を施行し、地方自治体にも自殺未遂者に対するカウンセリングや支援を奨励するようになった。

 だが、東尋坊がある市の当局は、いまだにフェンスや警告板を設置せず、また東尋坊の近くに公的なカウンセリングセンターを設置してほしいとする茂さんの要請にも答えていない。

■自殺の名所として観光地化

 茂さんは、42年間の警察官在職期間の大半で、不正賭博や薬物対策などの捜査に従事してきたが、5年前に退職前最後の移動で、東尋坊を管轄に置く警察署に配属となった。

 東尋坊が自殺の名所であることを目の当たりにしてショックを受けたが、それ以上に東尋坊の地域経済が、その事実によって支えられ振興している観光業に依存しているという陰惨な現実に苦しめられた。

 フェリーのガイドは東尋坊を自殺の名所と必ず紹介する。「ミステリーツアー」と表示を掲げたバスで団体客がやってくる。ツアーガイドに東尋坊を自殺の名所と宣伝するのをやめるよう頼んだら、やめたらこのような場所に観光客は来なくなると町議会のある議員に言われたという。

 地元の店では、「生きるのに疲れた」「地獄で生きます」などと書かれたTシャツも売られており、ここではまるで自殺を勧誘しているようだと茂さんは言う。

■失われた命を忘れない

 まだ警官だった5年前、茂さんは東尋坊で何時間もベンチに座って打ち寄せる波を見ている高齢の夫婦に出会った。夫婦は、東京でやっていた飲み屋を閉めたが多額の借金が残り、返済方法もなく自殺するために来たと話した。

 茂さんは返済方法をなんとか見つけるよう説得し、地元の社会保障事務所が世話をしてくれると請け負った。だが、夫婦は助けを求めていくつも公的機関を回った後、結局首つり自殺をしたという。茂さんはこれを機に、政府が動き出して公的支援を行うようになるまで自殺防止活動を続けることを自分に誓ったのだと言う。

■経済危機で高まる新たな懸念

 最近の経済危機で数万人の非正規従業員が解雇されていることから、茂さんは自殺者が増加する可能性を懸念し、地元の自治体と観光協会あてに嘆願書を提出して措置を求めた。前年11月だけでも、茂さんが自殺を思いとどまらせた6人のうち4人は、仕事が見つからないので死のうと思ったのだという。

 自殺防止活動は、精神的にも経済的にも簡単な活動ではないが、政府が最終的に何かをするまで決して辞めるつもりはないと、茂さんは語った。(c)AFP