【7月22日 AFP】ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(1992-95年)の戦犯として13年間の逃亡生活を続け、21日に身柄拘束された当時のセルビア人勢力指導者、ラドバン・カラジッチ(Radovan Karadzic)被告が問われている罪の一つは、「スレブレニツァ(Srebrenica)の虐殺」におけるイスラム系住民らに対する「ジェノサイド」の罪だ。

 「ジェノサイド」は国際人道法において最も重い罪でありながら、立件も最も難しい犯罪といわれている。

■「スレブレニツァの虐殺」旧ユーゴ内戦唯一のジェノサイド認定

 「スレブレニツァの虐殺」は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中の1995年7月、セルビア人勢力下の飛び地となっていたボスニア東部の町スレブレニツァをセルビア軍部隊が急襲し、イスラム教徒の成人男性および少年約8000人を拉致・殺害した事件だ。

  国連(UN)が、旧ユーゴスラビアの崩壊過程で発生した内戦で起きた戦争犯罪を裁くために設置した旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(International Criminal Tribunal for the former YugoslaviaICTY)は同95年、セルビア人支配地域の指導者だったカラジッチ被告を「ジェノサイド」の罪などで起訴した。

 しかし、90年代にバルカン半島の旧ユーゴ領で相次いだ紛争で、ICTYが「ジェノサイド」として裁定したのは「スレブレニツァの虐殺」だけだった。後に2007年2月、国際司法裁判所(International Court of JusticeICJ)も 「スレブレニツァの虐殺」を「ジェノサイド」と認定した。

■集団殺害・迫害を国際法上の罪とした「ジェノサイド条約」

 ギリシャ語で「種族、民族」を意味する「genos(ジェノス)」と、「殺害」を意味するラテン語系の接尾辞「cide(サイド)」から成る「ジェノサイド(genocide)」という概念は、米国に亡命したユダヤ系ポーランド人ラファエル・レムキン(Raphael Lemkin)が1944年、ナチスドイツによるホロコースト(Holocaust、ユダヤ人大量虐殺)を告発する中で提唱した。

 この提唱が実を結び、1948年の国連総会で採択された「ジェノサイド条約」の下、国際人道法上の犯罪として認められるに至った。

 同条約の中でジェノサイドは「国民的、民族的、人種的または宗教的集団の全部または一部を破壊する意図をもって行われる行為」と定義され、行為としては、

 ・集団構成員を殺すこと
 ・集団構成員に対して重大な肉体的または精神的な危害を加えること
 ・全部または一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること
 ・集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること
 ・集団の児童を他の集団に強制的に移すこと

 が明記されている。一方で「ジェノサイド」の罪の認定には、「国民的、民族的、人種的または宗教的集団の全部または一部を破壊する意図」を証明する必要があるが、法律家らは、こうした「意図」の有無を法廷で立証することは、実行・関与者が実際に呼び掛けたり、承認していない限りは、非常に困難だと指摘する。

■初の適用は98年のルワンダ国際犯罪法廷

 1994年のルワンダのフツ(Hutu)人によるツチ(Tutsi)人大虐殺を裁くために同年設置されたルワンダ国際犯罪法廷(International Criminal Court for RwandaICTR)は98年、 ジャン・ポール・アカイェス(Jean-Paul Akayesu)元市長に対し、世界で初めて「ジェノサイド」の罪を適用し、終身刑を言い渡した。

 これまでに同法廷は、有罪判決を下した30人中20人以上に対し、ジェノサイドあるいはジェノサイドを犯すための共同謀議や教唆を適用した。ルワンダの大虐殺では少数派のツチ人80万人が殺害されたとみられている。

 一方、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷では、2004年4月に有罪判決を受けたセルビア人部隊のRadislav Krstic元司令官に適用されたのは、ジェノサイドの共犯と教唆で、ジェノサイドそのもので有罪が下ったのはこれまでにわずか一例にとどまっている。(c)AFP