リレーメンバー入りに望みを託す ピストリウス
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【7月18日 AFP】南アフリカの「ブレードランナー」と知られる義足の陸上選手オスカー・ピストリウス(Oscar Pistorius)は、個人での男子400メートル出場が絶望的となったが、男子4x400メートルリレーでの北京五輪出場に最後の望みを託した。
16日にスイスのルツェルン(Lucerne)で行われた競技会で400メートルに出場し自己ベストとなる46秒25を記録したピストリウスだったが、五輪参加標準記録を突破できず北京への切符を手に入れることはできなかった。
7月末に南アフリカスポーツ連盟および五輪委員会(South African Sports Confederation and Olympic Committee、Sascoc)が男子4x400メートルリレーのメンバーに自身を入れるかどうかの決断を待っている状態のピストリウスは「個人のタイムとすれば、トラックに戻ってきて約9週間では難しい課題となってしまいます。それでもまだリレーがあります。Sascoc次第ですが、僕は今年(2008年)46秒25よりも良くないタイムでリレーチームのメンバー入りを希望している選手を知っています」とインタビューに答えている。
Sascocは既に陸上競技の代表チームを発表しているが、ピストリウスを含めて選手への扉はまだ開かれている。またSascocはリレーチームの派遣自体を未決定としており、もし派遣が決定すればピストリウスの自己ベストタイムで十分メンバーに選出される。
Sascocは声明で「選手たちが7月22日までに国際陸上競技連盟(International Association of Athletics Federations:IAAF)の定めた標準記録Aを突破した場合は、代表入りに向けSascocに名乗り出ることができる。国際五輪委員会(International Olympic Committee、IOC)の定めた陸上選手の資格取得期限は7月31日となっている。Sascocの定めた標準を7月23日から31日の間に突破した選手は代表入りに向け、IOCに対し名乗り出なければならない」と発表している。
IAAFはピストリウスが健常選手と共に競技を行うことを禁止していたが、5月にスポーツ仲裁裁判所(Court of Arbitration for Sport、CAS)はその規定を無効とし、ピストリウスは勝訴した。当時、ピストリウスは北京五輪出場に向けて記録突破を狙う中で法廷での戦いが自身の練習に響いてしまったことを認めており、2012年のロンドン五輪がより現実的な目標になると語っていた。(c)AFP
16日にスイスのルツェルン(Lucerne)で行われた競技会で400メートルに出場し自己ベストとなる46秒25を記録したピストリウスだったが、五輪参加標準記録を突破できず北京への切符を手に入れることはできなかった。
7月末に南アフリカスポーツ連盟および五輪委員会(South African Sports Confederation and Olympic Committee、Sascoc)が男子4x400メートルリレーのメンバーに自身を入れるかどうかの決断を待っている状態のピストリウスは「個人のタイムとすれば、トラックに戻ってきて約9週間では難しい課題となってしまいます。それでもまだリレーがあります。Sascoc次第ですが、僕は今年(2008年)46秒25よりも良くないタイムでリレーチームのメンバー入りを希望している選手を知っています」とインタビューに答えている。
Sascocは既に陸上競技の代表チームを発表しているが、ピストリウスを含めて選手への扉はまだ開かれている。またSascocはリレーチームの派遣自体を未決定としており、もし派遣が決定すればピストリウスの自己ベストタイムで十分メンバーに選出される。
Sascocは声明で「選手たちが7月22日までに国際陸上競技連盟(International Association of Athletics Federations:IAAF)の定めた標準記録Aを突破した場合は、代表入りに向けSascocに名乗り出ることができる。国際五輪委員会(International Olympic Committee、IOC)の定めた陸上選手の資格取得期限は7月31日となっている。Sascocの定めた標準を7月23日から31日の間に突破した選手は代表入りに向け、IOCに対し名乗り出なければならない」と発表している。
IAAFはピストリウスが健常選手と共に競技を行うことを禁止していたが、5月にスポーツ仲裁裁判所(Court of Arbitration for Sport、CAS)はその規定を無効とし、ピストリウスは勝訴した。当時、ピストリウスは北京五輪出場に向けて記録突破を狙う中で法廷での戦いが自身の練習に響いてしまったことを認めており、2012年のロンドン五輪がより現実的な目標になると語っていた。(c)AFP