【6月26日 AFP】ファティマ・ラシド・ヘマイディ(Fatima Rashid Al-Hemaidi)さんの頭上では、各国大使が集まる会議で話されるような会話が交わされている。娘のロルワ(Lolwa)さんはアラビア語、医師はタイ語と英語、そして通訳はその3か国語を駆使している。

 青い病院服を着て、黒いヘッドスカーフをかぶってベッドに横たわるヘマイディさんは、3人の下で笑みを浮かべながら根気よく待っている。

 医師は「終わりましたよ、お母さん」と聴診器を外しながら英語で話す。

■患者数は2000年の9倍

 カタール人のヘマイディさんが、タイ・バンコク(Bangkok)のバムルンラード総合病院(Bumrungrad Hospital)に来院したのは、これで3度目。すでに手順は分かっている。ヘマイディさんのように中東から医療目的でやってくる患者にとって、タイの病院はなじみのあるものになりつつある。

 近年、中東からタイへの訪問者が着実に増加している。特に2001年9月11日の米同時多発テロの発生後、欧米諸国で歓迎されなくなったアラブ人観光客はタイを訪れるようになっている。前年の中東からの訪問者数は45万3000人で、2006年から約12%増加。多くの場合、休暇をビーチで楽しむためではなく、病院での治療を目的としている。

 バムルンラード総合病院だけでも、中東からの患者9万人を受け入れており、2000年から9倍に増えている。同病院は外国人患者の受け入れで利益を上げているが、中でも中東からの患者数は急成長している。

■双方にとって有益

 タイ保健省の当局者は、「双方にとって有益な状況だ。(中東からの)人々は質の高い医療を受けることができ、わたしたちは収入を増やせる」と語る。

 同国政府は、米国よりも安価で、インドなどよりも質の高い医療を提供できるとして、同国の病院を売り込んでいる。

 例えば、人工関節の置換手術は、米国では約3万5000ドル(約380万円)、インドでは6500ドル(約70万)だが、保健省によるとタイでは同様の手術で1万2000ドル(約130万円)だという。

 タイ政府は、国内の50の病院を対象に、中東の医療保険を適用し、また文化的な需要にも対応できるよう教育している。その中でも、バムルンラード総合病院はタイにおける国際医療サービスの最前線に立っている。

 エジプトで医学部に通っていたタイ人でイスラム教徒のボリハン・スワンディー(Borihan Suwandee)さんは、同病院でアラブ人患者用に特別に用意するものを監修している。イスラム教の戒律に従った食事、アラビアコーヒーに加え、 40人のアラブ語通訳、入院患者の礼拝をつかさどる指導者イマームも常駐しており、前年には大きな礼拝室も設置された。

「医療的にも社会的にも患者の世話をする必要がある」とボリハンさんは話す。

■現地の病院でたらい回し、タイで回復

 子どもが10人、孫とひ孫が数十人いるヘマイディさんは前年9月、転倒して背骨を折った。娘のロルワさんの話によると、民間の病院でたらい回しにされた揚げ句、まったく動けなくなってしまったという。

 その病院では、ヘマイディさんは高齢で、手術をしても回復の見込みはないと言われたが、バムルンラード総合病院ではまったく違うことを言われたという。

 初めてカタールを離れタイで受けたヘマイディさんの手術は4時間に及んだ。医師は成功率70%と話していたが、現在は自分で動けるようになり、短い距離なら歩くこともできるようになった。病院の入院費はカタールの医療保険で支払われるという。

「あまりにも痛みがひどくて、訪れる人がだれか分かりませんでした。お医者さんには背中を切り取ってしまうようにお願いしました。いまは全部の痛みをここで治療したい気分だわ」とヘマイディさんは言う。ロルワさんも「お母さんはみんなにどこか痛むならバンコクに行きなさいっていうのよ」と語った。(c)AFP/Elizabeth Gibson