【3月13日 AFP】将来のロボットは壁を自由自在に上下し、天井をジグザグに動き回ることもできるようになるかもしれない。こうしたロボット技術のヒントを与えてくれ、我々が感謝すべき相手のひとつは「ゴキブリ」だ。

 ゴキブリは数ある生命体の中でも最も敬遠されやすい生物でありながら、生物学的には最も「成功」している生き物でもある。3億年もの進化を経て生物としての構造は完璧なまでに磨き上げられ、生息環境としてかなり厳しい場所でも広範囲に生き延びることができる。また普段はそれが原因で忌み嫌われる動きは、俊敏なことこのうえない。

 英ケンブリッジ大学(University of Cambridge)の動物学者、Walter Federle氏とChristofer Clemente氏は12日、ハイイロゴキブリ(学名:Nauphoeta Cinerea)に関する共同研究の結果を発表し、ゴキブリがやすやすと重力に逆らい自由に動き回ることができる理由を説明した。

■滑り落ちない鍵はつま先とかかとの「2枚のパッド」

 研究によりまず明らかになったのは、ゴキブリの脚1本ずつの先には小さなパッド2枚がついており、これが押す動作と引く動作を可能にし、スキップするように垂直面の移動や上下逆の移動を可能にしていることだ。これまでの研究で、ゴキブリの脚パッドはクッションのように柔らかく、油分と湿気をもつ非常に薄い膜で覆われていることまでは分かっているが、その正確な構造については、まだはっきりしていない。

 パッドを覆う薄い膜は、ガラス板2枚の間に挟まれた水滴のように、表面張力によってパッドの吸着力を高める役割を果たす。謎はここに隠されていた。

 ゴキブリの脚のパッドはこの薄い膜によって通常、体に向かって脚を引くときは逆に物に密着しようとし、物を押す方向に力が入るときは逆に離れやすくなるのだ。

■足を引き離すときに歩く面に密着

 垂直面を上下に移動するためには、脚が移動する面から離れるだけではだめで、踏ん張れることも必要だ。この両方の能力がなければゴキブリも滑り落ちてしまう。

 2人の科学者はこの秘密を、ゴキブリの成虫の脚を切断し、肢部を冷凍乾燥して直径約0.5ミリ程度のパッド部分を強力な電子顕微鏡を使って観察することで発見した。さらに生きたままのゴキブリをプレパラートにテープで貼り付け、脚の動きと力のかかり具合を実験し、最後にガラス管の中を上下に走らせてゴキブリの歩き方を高速度カメラで撮影した。

 この結果、2つのパッドは基本的に、歩くものの表面から脚を引くときに使われる「爪間盤(そうかんばん)」と呼ばれる「つま先」部分と、押すときに使われる後部の「かかと」部分から成り立つことが分かった。

 ゴキブリたちは6本の脚それぞれについているパッドのこの「つま先」と「かかと」のコンビネーションを巧みに使い、互いにかかる圧力を補い合いながら体にかかる圧力をうまく移動させている。

 例えば、垂直面を上向きに歩く時は前脚のつま先と後脚のかかとを使う。下向きに動く時は、前脚のかかとと後脚のつま先を使う。

 また、素早い方向転換は、かぎ型の屈筋の中にある単一筋のおかげだ。この単一筋は歩く面を押す力がかかるときは緩んでおり、脚を引いたときに収縮する。いくら台所で追い掛け回しても簡単に逃げていくのは、硬貨ほどの面積があれば、ゴキブリはこうして素早くターンすることができるからだ。

■ロボットの課題は下向きの移動

 研究を行ったケンブリッジ大の2人はAFPの取材に対し、今回の発見はクモやヤモリなど吸着力のある足を持った自然界の生物にヒントを得たロボット工学に役立つ可能性があると語った。

 昨今のバイオロボット(生物ロボット)は上向きに登ることはできるが、下向きに移動しようとすると、とたんに問題に直面する。既存のロボットの足は、移動する面から足を離す動作が中心で、面を押すようには設計されていないため、頭を下向きにして移動することができないので、昇降移動では上がるときも下がるときも頭部は同じ方向を向かせておかねばならないからだ。

 Federle教授は「昆虫にヒントを得たロボットの足ならば押す力、引く力の両方を生み出すことができ、機動性がいっそう改善されるだろう」と期待する。

 この研究報告は「英国王立協会紀要(生命科学版、Proceedings of the Royal Society B)」に発表されている。(c)AFP/Richard Ingham