【2月11日 AFP】2007年12月の大統領選後の混乱が続くケニアの首都ナイロビ(Nairobi)のマザレ(Mathare)スラムでは、民族間の対立を忘れ、もう一度サッカーをしようとする子どもたちの姿が見られる。

 全国の子どもたち同様、マザレスラムの12歳から18歳の子どもたちも選挙後の混乱に巻き込まれている。しかし、この地区の子どもたちは、1987年に設立されたマザレ青少年スポーツ協会(Mathare Youth Sports AssociationMYSA)のおかげでほかの地区とは異なる存在となっている。

 2003年にはノーベル平和賞にノミネートされた経歴を持つ同協会は設立以来、住民約30万人のマザレスラムの子どもたち数千人を支援してきた。民族を超えた子どもたちのサッカーチームを作るのもその一環で、協会はスポーツと社会発展活動を結びつける草分け的存在となってきた。

 このサッカークラブは、2006年にドイツで開催された国際サッカー連盟(FIFA)主催のストリートフットボール・ワールドカップで優勝を果たし、その名を世界に知らしめることにもなったが、選挙後の混乱でばらばらになってしまった。

■サッカーが埋める民族の壁 

 マザレスラムでは、住民数万人が暴動により避難を余儀なくされ、サッカークラブに所属する子ども182人が行方不明になった。同協会のStephen Muchoki氏は、スラムに住むすべてのコミュニティーからメンバーを集めているため、大きな打撃を受けていると語る。

 同協会はメンバーリストを基にキャンプ地や教会から行方不明の子どもたちを探し出し、ドナーからの寄付により、食料、衣服、教科書、ユニホームを与えた。マザレ警察署からは近くのスタジアムでの試合実施許可と試合中の警備の提供の約束を得ることができたものの、Muchoki氏によると、スタジアムに行って狙われることを恐れる子どももいるという。

「子どもたちは怖がっている。友達同士が会うこともできないのです」と同氏は語る。

 しかし、現在ガーナで開催中のサッカー、2008アフリカ・ネイションズカップ(African Nations Cup 2008)が、統一に向けての大きな契機になっているという。

「トーナメントは最高の時期に開催された。子どもたちは試合を見るために小さな売店に集まり、お互いを応援しあっている。本当に癒してくれている」とMYSAのPeter Karanja代表は語る。

「カメルーンが好きなんだ。彼らは楽しませるサッカーをするから」と、親と引き離されて教会の近くに住む13歳の少年は語る。彼もMYSAに探し出されて再びクラブに参加できた1人だ。

 クラブの運営は再開されたが、登録されているチームの数は200と、前年同期の1300に比べると大幅に少ないという。(c)AFP/Aileen Kimutai