遺体で発見の英17歳少女、検視官が殺人と断定
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【1月12日 AFP】パキスタン出身の両親を持つ英国の少女が2004年2月に遺体で見つかった事件で、遺体を調べた検視官が11日、陪審の聴聞会で「殺人」だと主張した。検視官によると、少女は両親からパキスタン男性との結婚を強いられたことに不安を抱いており、これが事件の発端となった可能性を指摘している。
殺されたのは、英マンチェスター近郊の町ウォーリントンのShafilea Ahmedさん(当時17)。2003年秋に行方不明になり、腐敗した状態の遺体が5か月後に川の近くで見つかった。
調査したイアン・スミス検視官によると、Shafilea Ahmedさんは生前、学校の友人や教師たちに、両親から暴力を受け、貯金を盗まれたと話していた。さらに、自分の意志に反して、パキスタンの男性と結婚させられると悩んでいたという。
陪審で証言した目撃者も、Shafilea Ahmedさんは西洋化しており、イスラム教を信仰する厳しい両親や、イスラムの文化、しつけなどを許容するのが難しいと分かっていたと説明した。
将来の夢が弁護士だったShafilea Ahmedさんは、行方不明になる前にパキスタンを旅行しており、その時に漂白剤を飲んで病院に運ばれている。
スミス検視官は、Shafilea Ahmedさんが父親のおじの息子との結婚話を父親が進めていることに不安を抱いており、親の決める結婚が殺人に結びついた「主因」だと主張。「遺体は自宅から遠く運ばれて隠されていた。遺体の状況から殺人だと確信している。彼女は、知らない人物や好きでもない男性との結婚を望んでいなかった。キャリアに向けて精進しており、学業の中断や国外での生活を望んではいなかった。良くも悪くも、こんなことが起こるかもしれないと恐れていた」と述べ、殺人であることを強調した。
また、遺体を調べた病理学者も、遺体は隠されており自然死とは考えられないと、Shafilea Ahmedさんの死に不審な点があると述べた。この病理学者は、死因は窒息、もしくは絞殺だとしている。
遺体が見つかる2か月前の2003年12月には、Shafilea Ahmedさんの両親が誘拐容疑で逮捕され、親類5人も司法妨害容疑で逮捕された。しかし、誰も起訴されることなく後に釈放。Shafilea Ahmedさんの死亡事件では、誰も起訴されなかった。
一方、父親のIftikharさんは陪審で、どのような結婚話にも双方の合意が必要だと述べた。これに対し、スミス検視官は親族からの圧力が事件につながったと反論した。(c)AFP
殺されたのは、英マンチェスター近郊の町ウォーリントンのShafilea Ahmedさん(当時17)。2003年秋に行方不明になり、腐敗した状態の遺体が5か月後に川の近くで見つかった。
調査したイアン・スミス検視官によると、Shafilea Ahmedさんは生前、学校の友人や教師たちに、両親から暴力を受け、貯金を盗まれたと話していた。さらに、自分の意志に反して、パキスタンの男性と結婚させられると悩んでいたという。
陪審で証言した目撃者も、Shafilea Ahmedさんは西洋化しており、イスラム教を信仰する厳しい両親や、イスラムの文化、しつけなどを許容するのが難しいと分かっていたと説明した。
将来の夢が弁護士だったShafilea Ahmedさんは、行方不明になる前にパキスタンを旅行しており、その時に漂白剤を飲んで病院に運ばれている。
スミス検視官は、Shafilea Ahmedさんが父親のおじの息子との結婚話を父親が進めていることに不安を抱いており、親の決める結婚が殺人に結びついた「主因」だと主張。「遺体は自宅から遠く運ばれて隠されていた。遺体の状況から殺人だと確信している。彼女は、知らない人物や好きでもない男性との結婚を望んでいなかった。キャリアに向けて精進しており、学業の中断や国外での生活を望んではいなかった。良くも悪くも、こんなことが起こるかもしれないと恐れていた」と述べ、殺人であることを強調した。
また、遺体を調べた病理学者も、遺体は隠されており自然死とは考えられないと、Shafilea Ahmedさんの死に不審な点があると述べた。この病理学者は、死因は窒息、もしくは絞殺だとしている。
遺体が見つかる2か月前の2003年12月には、Shafilea Ahmedさんの両親が誘拐容疑で逮捕され、親類5人も司法妨害容疑で逮捕された。しかし、誰も起訴されることなく後に釈放。Shafilea Ahmedさんの死亡事件では、誰も起訴されなかった。
一方、父親のIftikharさんは陪審で、どのような結婚話にも双方の合意が必要だと述べた。これに対し、スミス検視官は親族からの圧力が事件につながったと反論した。(c)AFP