【12月13日 AFP】歌手ティナ・ターナー(Tina Turner)の元夫で、伝説的ミュージシャンのアイク・ターナー(Ike Turner)が12日、カリフォルニア(California)州サンマルコス(San Marcos)の自宅で亡くなった。享年76歳。

■ロックンロールの第1号をリリース

 アイクは、1930年代後半に幼少期を過ごしたミシシッピ(Mississippi)州で、ブルースミュージシャンのパイントップ・パーキンズ(Pinetop Perkins)からピアノを習っていたことがきっかけで、音楽の世界に入った。1940年代後半にバンド「キング・オブ・リズム(The Kings of Rhythm)」を結成。その後セントルイス(St. Louis)に移り、サンレコード(Sun Records)などのレコード会社でスカウトマンとして働き始め、ハウリン・ウルフ(Howlin' Wolf)やエルモア・ジェームス(Elmore James)などを発掘していく。

 アイクが1951年に作曲した「ロケット88(Rocket 88)」は、史上初のロックンロール音楽だったといわれている。

■ティナ・ターナーとの出会い

 アイクのキャリアに最も影響を与えた人物は、ティナ・ターナー(本名:アンナ・メイ・ブロック、Anna Mae Bullock)だった。テネシー(Tennessee)州ナットブッシュ(Nutbush)出身のアンナは、アイクと出会ったころまだ10代だった。アンナは、のちにトレードマークとなるハスキー・ボイスでアイクに見出され、キング・オブ・リズムのバックコーラスとなる。1960年にリードボーカルを務めた曲「A Fool in Love」は大ヒットとなった。

 当時アイクの子どもを妊娠していたアンナは、名前をティナ・ターナーに改め、アイクとともに「アイク&ティナ・ターナー(The Ike and Tina Turner Revue)」のデュオを結成。2人は1962年にメキシコで結婚し、その後約10年間にわたり数々のヒット曲を世に送り出した。その中には、フィル・スペクター(Phil Spector)がプロデュースした「River Deep, Mountain High」や、1971年に米ポップチャートで4位に入った「Proud Mary」、1973年の「Nutbush City Limits」などがある。

■家庭内暴力で「音楽史上最悪」の離婚

 しかし、2人の結婚生活は荒れたものだった。1986年、ティナは自伝で、数年に及びアイクから家庭内暴力を受けてきたことを明らかにした。当時アイクは否定したが、2001年に「ティナを平手で打った。考えもせずに、ティナが倒れるほど強く殴ったこともある」と認めている。

 ティナは、1976年にテキサス(Texas)州ダラス(Dallas)で激しい口論の末アイクの元を離れ、1978年に正式に離婚。この離婚条件は、音楽史上、最も悪名高いものとなった。結婚期間に2人で築き上げた財産は、すべてアイクが所有するというものだったのだ。

 アイクは1980年代にミュージシャンとしてのキャリアを再開しようとしたが、薬物やアルコールに依存し、最後には薬物使用の罪で服役する。1991年に「ロックの殿堂(Rock and Roll Hall of Fame)」入りを果たした際も、服役中で式典に参加できず、ティナが代わって出席した。1993年に釈放となったのちに再度音楽活動に専念し、2007年のグラミー賞ではアルバム『Risin' With the Blues』で、最優秀トラディショナル・ブルース・アルバム賞を獲得している。(c)AFP