アフガニスタン安定の鍵を握るパキスタンの部族地域
このニュースをシェア
【8月8日 AFP】イスラム原理主義組織タリバン(Taliban)の活動が再活発化する中、アフガニスタンの首都カブール(Kabul)で今週、アフガニスタン、パキスタンの国境地帯の部族長らが、両国指導者らと共に対策を協議する会議が開催される。国境の山岳地帯にはタリバン勢力が潜伏しているとされ、部族の動向に注目が集まっている。
■部族長会議「ジルガ」
同会議は、ハミド・カルザイ(Hamid Karzai)アフガニスタン大統領とペルペズ・ムシャラフ(Pervez Musharraf)パキスタン大統領が、9日から3日間の日程で召集する。国境地帯の部族長や宗教指導者など約700人が集まり、タリバンに対し共同で立ち向かう方法について協議する。部族地域の危機については何世紀もの間、伝統的に「ジルガ」と呼ばれる今回のような部族長による大会議で対処されてきた。
■政府の支配のおよばない国境地帯
両国の国境沿い1450キロの地域は、連邦直轄部族地域(Federally Administered Tribal Areas、FATA)と呼ばれ、約300万人が住む。同地域は7つの区域に分かれ、各部族がそれぞれの信仰と結束を固く守って暮らしており、中央政府の支配力が弱い。
タリバンの多くは部族の1つパシュトゥンの出身だといわれ、パキスタン側の一帯は部族、宗教に基づく団結を背景に、タリバンや国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)の温床となっているとみられる。ウサマ・ビンラディン(Osama Bin Laden)容疑者も、この地域の部族にかくまわれているとされる。また米国は、アルカイダが同地で勢力を回復し、世界各地へのテロ攻撃を計画する拠点としていると度々警告してきた。
同地域の部族たちは、ムガール人やシーク教徒、英国や、最近ではパキスタン軍などの侵入に抵抗してきた長い歴史があり、中央政府や米国にも反発を隠さない。特に2001年、米軍主導の多国籍軍が侵攻し、1996年からアフガニスタンを支配していたタリバン政権が崩壊すると、一挙に反米感情が広まった。
■地域制圧にはアフガニスタン情勢の安定が必要
パキスタン政府は2002年初頭以降、同地域に治安部隊を送り込み制圧を図っているが、国境沿いに配備された9万人の兵士に対し、親タリバン派の部族による抵抗は衰えを見せない。
2004年以降、南北ワジリスタン(Waziristan)地区における武装勢力掃討作戦では、政府軍700人、武装勢力側1000人が死亡した。パキスタン政府と武装勢力らは和平協定を締結していたが、今年に入り双方が攻撃を再開し、協定は破棄された。
2006年9月には北ワジリスタン地区の部族らが、政府軍の配備縮小の見返りに、外国から流入する武装勢力を擁護しないことを約束した。しかし、この合意による駐留軍削減でアルカイダが再興したと、米国は厳しく批判している。
さらに、南ワジリスタン地区では今年3月、ウズベキスタン系武装勢力が発射した迫撃砲で小学生数人が死亡した事件をきっかけに、現地部族とウズベキスタンおよびチェチェン共和国の武装勢力との間で外国人勢力300人が死亡する戦闘が発生した。
パキスタンの首都イスラマバード(Islamabad)にあるQuaid-i-Azam大学のIshtiaq Ahmed教授(国際関係論)は、「アフガニスタン情勢が不安定な限り、パキスタンの部族地域の混乱も続くだろう」と述べ、同地域の制圧にはアフガニスタンの安定化が不可欠だと指摘している。(c)AFP/Masroor Gilani
■部族長会議「ジルガ」
同会議は、ハミド・カルザイ(Hamid Karzai)アフガニスタン大統領とペルペズ・ムシャラフ(Pervez Musharraf)パキスタン大統領が、9日から3日間の日程で召集する。国境地帯の部族長や宗教指導者など約700人が集まり、タリバンに対し共同で立ち向かう方法について協議する。部族地域の危機については何世紀もの間、伝統的に「ジルガ」と呼ばれる今回のような部族長による大会議で対処されてきた。
■政府の支配のおよばない国境地帯
両国の国境沿い1450キロの地域は、連邦直轄部族地域(Federally Administered Tribal Areas、FATA)と呼ばれ、約300万人が住む。同地域は7つの区域に分かれ、各部族がそれぞれの信仰と結束を固く守って暮らしており、中央政府の支配力が弱い。
タリバンの多くは部族の1つパシュトゥンの出身だといわれ、パキスタン側の一帯は部族、宗教に基づく団結を背景に、タリバンや国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)の温床となっているとみられる。ウサマ・ビンラディン(Osama Bin Laden)容疑者も、この地域の部族にかくまわれているとされる。また米国は、アルカイダが同地で勢力を回復し、世界各地へのテロ攻撃を計画する拠点としていると度々警告してきた。
同地域の部族たちは、ムガール人やシーク教徒、英国や、最近ではパキスタン軍などの侵入に抵抗してきた長い歴史があり、中央政府や米国にも反発を隠さない。特に2001年、米軍主導の多国籍軍が侵攻し、1996年からアフガニスタンを支配していたタリバン政権が崩壊すると、一挙に反米感情が広まった。
■地域制圧にはアフガニスタン情勢の安定が必要
パキスタン政府は2002年初頭以降、同地域に治安部隊を送り込み制圧を図っているが、国境沿いに配備された9万人の兵士に対し、親タリバン派の部族による抵抗は衰えを見せない。
2004年以降、南北ワジリスタン(Waziristan)地区における武装勢力掃討作戦では、政府軍700人、武装勢力側1000人が死亡した。パキスタン政府と武装勢力らは和平協定を締結していたが、今年に入り双方が攻撃を再開し、協定は破棄された。
2006年9月には北ワジリスタン地区の部族らが、政府軍の配備縮小の見返りに、外国から流入する武装勢力を擁護しないことを約束した。しかし、この合意による駐留軍削減でアルカイダが再興したと、米国は厳しく批判している。
さらに、南ワジリスタン地区では今年3月、ウズベキスタン系武装勢力が発射した迫撃砲で小学生数人が死亡した事件をきっかけに、現地部族とウズベキスタンおよびチェチェン共和国の武装勢力との間で外国人勢力300人が死亡する戦闘が発生した。
パキスタンの首都イスラマバード(Islamabad)にあるQuaid-i-Azam大学のIshtiaq Ahmed教授(国際関係論)は、「アフガニスタン情勢が不安定な限り、パキスタンの部族地域の混乱も続くだろう」と述べ、同地域の制圧にはアフガニスタンの安定化が不可欠だと指摘している。(c)AFP/Masroor Gilani