【6月24日 AFP】ヒラリー(Hillary)卿とテンジン(Tenzing)が初登頂に成功するより数十年も前、1924年にエベレスト(Everest)頂点付近で姿を消したジョージ・マロリー(George Mallory)とサンディー・アーヴィン(Sandy Irvine)の存在は、数世代にわたって登山家たちを魅了し続けてきた。

 この2人の英国人が頂上を極めたかどうかは誰にもわからない。2人が頂上に近い地点で命を落としたためだ。2人が初登頂に成功したのか、真実を探るために現代の登山家たちがエベレストに挑戦した。

 今月初め、1924年の遠征のドキュメンタリーの撮影のため米国人登山家Conrad Ankerさんの登山隊がエベレストの登頂を試みた。

 当時の様子を再現するため、ツイードの服を身につけ、マロリーとアーヴィンが使っていたものと同じ道具を使用した。万が一の時のために、現代の高機能の装備とハイテクによる支援も用意した。「昔と同じ服を着てびょうを打った靴で登ろうとしたが、無理だった」とAnkerさんは笑う。

 2人がどこまで到達したのかを調査したAnkerさんは、「1点の疑いの余地もなくイエローバンドを超えているはずだ。83年前にそんなことをしたなんて信じられない」と語る。イエローバンドとは、8848メートルの頂上のすぐ下の8500メートル地点にある黄色の岩の層を指す。

 1999年の登山中にマロリーの遺体を発見したAnkerさんは、ドキュメンタリーの中でマロリーの役を演じた。

 1924年の遠征はマロリーらにとって3度目の挑戦だった。伝記作家たちによると、マロリーはエベレストを「白い牙」に例え、回を追うごとに頂点を極めることにとりつかれたようになったという。

 マロリーとアーヴィンの姿が最後に目撃されたのは1924年。目撃者によると、「力強く頂上を目指していた」という。(c)AFP/Sam Taylor