ヒスパニック系住民が急増、ハリケーン・カトリーナ後のニューオーリンズ
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【6月17日 AFP】2005年8月にハリケーン・カトリーナ(Hurricane Katrina)で大きな被害を受けたニューオーリンズ(New Orleans)で、ヒスパニック系住民が急増している。市の復旧のために中南米からやってきた臨時労働者が定住しつつあるというのだ。ブラスバンドにジャズ、ザリガニのサンドイッチにオクラといったニューオーリンズ名物も、古き良き時代の面影を残すフレンチ・クォーター(French Quarter)でしか見られなくなるかもしれない。
観光客が押し寄せるフレンチ・クォーターを離れてカトリーナの直撃後に再建された地域に入ると、音楽はラテンビートに、軽食はトルティーヤで具を巻いた「ブリート」になる。
メキシコなどの中米からの労働者の流入は、かたくなに伝統を守り、変化を受けつけないようにも見えたニューオーリンズの人口動態を急激に変化させつつある。
■急増したヒスパニック系住民
ヒスパニック系住民の増加が始まったのは、市がカトリーナによる甚大な被害を受けた直後だった。多数の避難者と数万戸の倒壊家屋を出したこのハリケーンの後片付けのために、ラテンアメリカから労働者が流れ込んだのだ。
そして2年後の現在も、数千人が帰国せずに滞在を続けている。交差点や日曜大工用品店の外で、ペンキ塗りや建築要員の仕事を探す日雇い労働者の一団など、その姿は市内のいたるところで目に入る。
メキシコ料理のレストランも数軒オープンしている。日曜の午後には、以前は使われていなかった公園に集まるラテン系の家族の姿が見られる。
カトリック系団体Hispanic Apostolateの代表、Martin Gutierrezさんは「カトリーナ以前、ニューオーリンズには安定した(ヒスパニックの)コミュニティが存在していたが、米国のほかの都市と違って規模が拡大することはなかった。ハリケーン後、すべてが変わった」と言う。
スペイン語のラジオ局や新聞も増加しており、日刊紙New Orleans Times-Picayuneは、英語とスペイン語の求人欄を設けている。
かつて住民のほとんどがベトナム人だった東部には、今や急増するラテン系住民を狙った食料品店などが軒を連ねる。
■メキシコ領事館再開
ヒスパニック系の人口が増加したため、メキシコ政府は5年前に閉鎖した領事館の再開を決定した。
正確な数値は不明だが、レイ・ネーギン(Ray Nagin)ニューオーリンズ市長の補佐役として市の国際ビジネス開発室を監督するLisa Ponce de Leon氏によると、「メキシコ人だけでも、ハリケーン以前の1万5000人から7万人まで増えている可能性がある」という。
同氏は「(ラテン系住民は)非常に暮らしやすいと感じている。ベニート・フアレス(Benito Juarez)もニューオーリンズで暮らしたことがある」と話す。フアレス氏は、19世紀に農民からメキシコで最も尊敬される大統領にまで上りつめた。
しかし、人口動態の変動は必ずしも円滑に進んでいるわけではない。カトリーナ直後、ネーギン市長は、ニューオーリンズに戻ろうとする地元民の仕事が奪われ、同市が「メキシコ人労働者に侵略される」との懸念を表明した。
仕事にあぶれた地元民の中からは「仕事はここの住民もしくは戻ってこようとしている住民にまず与えられるべき」という非難の声もあがっているが、実質的にはそれも収まりつつある。
■商売の機会を求めて国内から移住
テキサス出身のメキシコ系米国人Jorge Sanchezさんは2005年後半、復興作業に従事するためニューオーリンズにやって来た。その後すぐに、ヒスパニック系労働者の好みに合う食事がないことに気がつき、彼らに食べ物を提供する仕事を思いついた。Sanchezさんは父親を説得し、一家がヒューストン(Houston)で所有していたタコスの屋台トラック1台を、ニューオーリンズに運んだ。
現在、一家は手持ちの屋台トラック4台をすべて持ち込み、トルタやケサディージョ、ブリートを販売している。レストランもオープンし、夏には2軒目のオープンを計画中だ。
Sanchezさんの姉妹、Adrianaさんは「ヒスパニック系労働者が働いているところにはレストランがなかったため、Jorgeはトラックを1台ニューオーリンズに移動した。商売がとてもうまくいったので、所有しているすべてのトラックを持ち込むことにした」と説明する。父親のFidelさんもニューオーリンズに住み続ける予定だといい、Adrianaさんは「多くの人がここに残ると思う。もし子どもがいなければ、わたしもここに住むだろう」と語った。
ニューオーリンズのワールドトレードセンター(World Trade Center)のEugene Schreiberさんは「時として摩擦はあるが、メキシコ政府が数週間内に領事館を再開することを決定したという事実は、ヒスパニック系人口の増加が一時的なものではないことを示す」と語る。「領事館が新しく開館することはそうあることではない。それも友好の意を示すためではない。自国民のために領事館を開く必要性に迫られているのだ」(c)AFP/Russell McCulley
観光客が押し寄せるフレンチ・クォーターを離れてカトリーナの直撃後に再建された地域に入ると、音楽はラテンビートに、軽食はトルティーヤで具を巻いた「ブリート」になる。
メキシコなどの中米からの労働者の流入は、かたくなに伝統を守り、変化を受けつけないようにも見えたニューオーリンズの人口動態を急激に変化させつつある。
■急増したヒスパニック系住民
ヒスパニック系住民の増加が始まったのは、市がカトリーナによる甚大な被害を受けた直後だった。多数の避難者と数万戸の倒壊家屋を出したこのハリケーンの後片付けのために、ラテンアメリカから労働者が流れ込んだのだ。
そして2年後の現在も、数千人が帰国せずに滞在を続けている。交差点や日曜大工用品店の外で、ペンキ塗りや建築要員の仕事を探す日雇い労働者の一団など、その姿は市内のいたるところで目に入る。
メキシコ料理のレストランも数軒オープンしている。日曜の午後には、以前は使われていなかった公園に集まるラテン系の家族の姿が見られる。
カトリック系団体Hispanic Apostolateの代表、Martin Gutierrezさんは「カトリーナ以前、ニューオーリンズには安定した(ヒスパニックの)コミュニティが存在していたが、米国のほかの都市と違って規模が拡大することはなかった。ハリケーン後、すべてが変わった」と言う。
スペイン語のラジオ局や新聞も増加しており、日刊紙New Orleans Times-Picayuneは、英語とスペイン語の求人欄を設けている。
かつて住民のほとんどがベトナム人だった東部には、今や急増するラテン系住民を狙った食料品店などが軒を連ねる。
■メキシコ領事館再開
ヒスパニック系の人口が増加したため、メキシコ政府は5年前に閉鎖した領事館の再開を決定した。
正確な数値は不明だが、レイ・ネーギン(Ray Nagin)ニューオーリンズ市長の補佐役として市の国際ビジネス開発室を監督するLisa Ponce de Leon氏によると、「メキシコ人だけでも、ハリケーン以前の1万5000人から7万人まで増えている可能性がある」という。
同氏は「(ラテン系住民は)非常に暮らしやすいと感じている。ベニート・フアレス(Benito Juarez)もニューオーリンズで暮らしたことがある」と話す。フアレス氏は、19世紀に農民からメキシコで最も尊敬される大統領にまで上りつめた。
しかし、人口動態の変動は必ずしも円滑に進んでいるわけではない。カトリーナ直後、ネーギン市長は、ニューオーリンズに戻ろうとする地元民の仕事が奪われ、同市が「メキシコ人労働者に侵略される」との懸念を表明した。
仕事にあぶれた地元民の中からは「仕事はここの住民もしくは戻ってこようとしている住民にまず与えられるべき」という非難の声もあがっているが、実質的にはそれも収まりつつある。
■商売の機会を求めて国内から移住
テキサス出身のメキシコ系米国人Jorge Sanchezさんは2005年後半、復興作業に従事するためニューオーリンズにやって来た。その後すぐに、ヒスパニック系労働者の好みに合う食事がないことに気がつき、彼らに食べ物を提供する仕事を思いついた。Sanchezさんは父親を説得し、一家がヒューストン(Houston)で所有していたタコスの屋台トラック1台を、ニューオーリンズに運んだ。
現在、一家は手持ちの屋台トラック4台をすべて持ち込み、トルタやケサディージョ、ブリートを販売している。レストランもオープンし、夏には2軒目のオープンを計画中だ。
Sanchezさんの姉妹、Adrianaさんは「ヒスパニック系労働者が働いているところにはレストランがなかったため、Jorgeはトラックを1台ニューオーリンズに移動した。商売がとてもうまくいったので、所有しているすべてのトラックを持ち込むことにした」と説明する。父親のFidelさんもニューオーリンズに住み続ける予定だといい、Adrianaさんは「多くの人がここに残ると思う。もし子どもがいなければ、わたしもここに住むだろう」と語った。
ニューオーリンズのワールドトレードセンター(World Trade Center)のEugene Schreiberさんは「時として摩擦はあるが、メキシコ政府が数週間内に領事館を再開することを決定したという事実は、ヒスパニック系人口の増加が一時的なものではないことを示す」と語る。「領事館が新しく開館することはそうあることではない。それも友好の意を示すためではない。自国民のために領事館を開く必要性に迫られているのだ」(c)AFP/Russell McCulley