ブレア首相辞任表明「私は正しいと思ったことをした」 - 英国
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【ロンドン 10日 AFP】英国のトニー・ブレア(Tony Blair)首相は10日、閣議での辞意表明の後、イングランド北部の自身の選挙区へ向かい、労働党の拠点で党首辞任を表明した。
在任期間10年を振り返り語ったブレア首相は、意志決定の難しさについて触れ、しかし「最後は決断だ」と自身の軌跡を正当化した。「疑念、ためらい、反省、熟考、再考・・・これらはすべて正確な意志決定に必要な相棒だが、最後に求められる責任は、決断だ」
例として、英国の中央銀行であるイングランド銀行(Bank of England)に、金利設定などより多くの独立した機能を付与したことなどをあげ、「非常に早く(国民に)受け入れられた」と述べ、首相就任以来、英国は良い方向に変化した、と自己評価した。
■アフガニスタン攻撃やイラク戦争など、難しい決断場面も
一方で、時には「まったく予期しなかった」ほどの孤独を招いた難しい決断もあったと述べ、2001年9月11日の米国同時多発テロ事件以降、米国と「肩を並べる」方針を貫いた外交での孤独を語った。アフガニスタン攻撃からイラク戦争に至るまで、米政府を支持するブレア首相の決断に対して、国内では広範囲な反論が起こり、自身の揺るぎない信念が「救世主的な情熱」と誤解される局面もあったと述べた。
「(イラクの故)サダム・フセイン( Saddam Hussein)と彼の息子たち、また(アフガニスタンの旧政権)タリバン(Taliban)を権力の座から追放した時は、比較的困難ではなかった。しかし、国際テロリズムやその支持勢力から跳ね返ってきた負の反応は予想を越えるほど激しく、容赦なく、大きな犠牲を払った。多くの人にとってはそういうものではないだろうし、そんな価値もないかもしれない。しかし私は、我々は乗り切るべきだと思った。意志と信念を試されることであり、我々は失敗するわけにはいかない」
■「自分は正しいと思ったことをした」と自己評価
「虹色」の政治的ビジョンというよりは「曇りがちのトーン」で現実を語ったブレア首相だが、1994年から労働党首を、1997年からは首相も兼任し務めたことは名誉だったと述べた。自身の在任期間について、人々がどう見ることがあろうとも、心から受け入れて欲しい一点として、自分は正しいと思ったことをした、と締めくくった。
「私は間違っていたかもしれない。それはあなた方の判断だ。しかし、ひとつ確実なことは、私は私の国にとって私が正しいと思ったことをした」
演説を行ったのは、イングランド北東部セッジフィールド(Sedgefield)にある労働党の拠点、トリムドン・レイバー・クラブ(Trimdon Labour Club)。「6月27日に党首を辞任し、よって首相も辞任する」と表明した。
写真はセッジフィールドのトリムドン・レイバー・クラブで党首辞任を表明し、党員らに歓待を受けるブレア首相。(c)AFP/CARL DE SOUZA
在任期間10年を振り返り語ったブレア首相は、意志決定の難しさについて触れ、しかし「最後は決断だ」と自身の軌跡を正当化した。「疑念、ためらい、反省、熟考、再考・・・これらはすべて正確な意志決定に必要な相棒だが、最後に求められる責任は、決断だ」
例として、英国の中央銀行であるイングランド銀行(Bank of England)に、金利設定などより多くの独立した機能を付与したことなどをあげ、「非常に早く(国民に)受け入れられた」と述べ、首相就任以来、英国は良い方向に変化した、と自己評価した。
■アフガニスタン攻撃やイラク戦争など、難しい決断場面も
一方で、時には「まったく予期しなかった」ほどの孤独を招いた難しい決断もあったと述べ、2001年9月11日の米国同時多発テロ事件以降、米国と「肩を並べる」方針を貫いた外交での孤独を語った。アフガニスタン攻撃からイラク戦争に至るまで、米政府を支持するブレア首相の決断に対して、国内では広範囲な反論が起こり、自身の揺るぎない信念が「救世主的な情熱」と誤解される局面もあったと述べた。
「(イラクの故)サダム・フセイン( Saddam Hussein)と彼の息子たち、また(アフガニスタンの旧政権)タリバン(Taliban)を権力の座から追放した時は、比較的困難ではなかった。しかし、国際テロリズムやその支持勢力から跳ね返ってきた負の反応は予想を越えるほど激しく、容赦なく、大きな犠牲を払った。多くの人にとってはそういうものではないだろうし、そんな価値もないかもしれない。しかし私は、我々は乗り切るべきだと思った。意志と信念を試されることであり、我々は失敗するわけにはいかない」
■「自分は正しいと思ったことをした」と自己評価
「虹色」の政治的ビジョンというよりは「曇りがちのトーン」で現実を語ったブレア首相だが、1994年から労働党首を、1997年からは首相も兼任し務めたことは名誉だったと述べた。自身の在任期間について、人々がどう見ることがあろうとも、心から受け入れて欲しい一点として、自分は正しいと思ったことをした、と締めくくった。
「私は間違っていたかもしれない。それはあなた方の判断だ。しかし、ひとつ確実なことは、私は私の国にとって私が正しいと思ったことをした」
演説を行ったのは、イングランド北東部セッジフィールド(Sedgefield)にある労働党の拠点、トリムドン・レイバー・クラブ(Trimdon Labour Club)。「6月27日に党首を辞任し、よって首相も辞任する」と表明した。
写真はセッジフィールドのトリムドン・レイバー・クラブで党首辞任を表明し、党員らに歓待を受けるブレア首相。(c)AFP/CARL DE SOUZA