スペクター裁判に新たな証言者 - 米国
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【ロサンゼルス/米国 10日 AFP】数年前にB級映画女優を射殺した容疑で問われている伝説的な音楽プロデューサー、フィル・スペクター(Phil Spector)の公判が9日行われ、新たに2人の女性が証言した。2人はスペクターが拳銃を使って行った脅迫の様子を語った。
ロサンゼルス地裁で証人らは、帰宅の意思をスペクターに告げた際に、彼がどのように激怒し、拳銃を用いるに至ったかを証言した。あるケースでは、スペクターが拳銃を女性の額から数インチのところに構え、脅したという。
Melissa Grosvenorさんは1992年、スペクターと夕食をとり、パサデナのマンションから帰ろうとしたところ、酔ったスペクターの態度が一変したと語った。
スペクターはいったん部屋を出ると、すぐに拳銃ケースを肩にかけて戻り、拳銃を振りかざしたという。
「彼は私に向かってまっすぐ歩いてくると、私の顔に拳銃をあてて、帰ろうとしたら殺すぞ言いました」
「ショックのあまり、私は泣き出してしまいました。帰ろうとすれば絶対に殺されると思いました」
この事件を機に、ニューヨークでウエートレスとして働いていた1991年にスペクターと出会って以来の精神的な関係が終わったと述べた。
Grosvenorさんの証言に先立ち同日早朝、ステファニー・ジェニングス(Stephanie Jennings)さんの証言が行われた。ロック・ミュージシャン専門の写真家であるジェニングスさんは、1995年ニューヨークのホテル室内でスペクターに拳銃を突きつけられた件について証言した。
2003年に起きたB級映画女優ラナ・クラークソン(Lana Clarkson)殺害容疑に関する公判は今年4月から始まった。すでに2人の女性が、同様に拳銃を使ってスペクターが行った脅迫の状況について証言している。
検察官は、スペクターが過去に女性に対する拳銃を使った暴力行為を繰り返していることから、クラークソン殺害の疑いを持っている。
ジェニングスさんは1994年ニューヨークのレストランでスペクターと出会い交際を始めたという。
翌年スペクターはフィラデルフィアを拠点にしていた彼女を、ニューヨークで多くのスターが出席するセレモニーへ招待し、マンハッタンの5つ星ホテル、カーライル・ホテル(Carlyle Hotel)を予約した。
ジェニングスさんはセレモニー後のパーティーでスペクターが「軽く酔って、大声でからんだり、侮辱的な発言をしている」ことに気付いたという。
ジェニングスさんは部屋へ戻ったが、スペクターのボディーガードが扉をノックする音で起こされ、スペクターのいるスイートルームへ行くよう言われた。ジェニングスさんが断ると、スペクター自身がやってきた。
「彼は酔っており、部屋へ来いと言いました」
「言い合いになると、彼は私に平手打ちし、突き飛ばしました」
スペクターはジェニングスさんを浴槽に押し込めると浴室を出て、すぐに拳銃を持って戻ってきた。
「彼はドアの前にイスを置き、どこへも行くなと言いました」
「私は撃たれると思いました」
ジェニングスさんは警察に電話をすることもできたと述べた。スペクターはジェニングスさんが彼女の母親に電話していると思いこんでいたからだという。
ホテルを出たジェニングスさんは結局告訴をせずにフィラデルフィアへ戻った。
その後、スペクターとの電話連絡を続けていたが、翌年スペクターに立ち向かう態度をとり、関係を終わらせたという。これに対しスペクターは「複数の脅迫電話」を残して対抗した。
「とても怖かった。それまで聞いたことのないような声で私の名前を呼び、脅迫しました」
閉鎖的な性格のスペクターは、60年代に「ウォール・オブ・サウンド(Wall of Sound)」という録音技術を生み出した天才音楽家だ。2003年2月3日にハリウッドのナイトクラブで出会った当時40歳のクラークソンを、数時間後に射殺した容疑を否認している。
写真は、ロサンゼルス地裁で証言中のGrosvenorさん。(c)AFP/JAMIE RECTOR
ロサンゼルス地裁で証人らは、帰宅の意思をスペクターに告げた際に、彼がどのように激怒し、拳銃を用いるに至ったかを証言した。あるケースでは、スペクターが拳銃を女性の額から数インチのところに構え、脅したという。
Melissa Grosvenorさんは1992年、スペクターと夕食をとり、パサデナのマンションから帰ろうとしたところ、酔ったスペクターの態度が一変したと語った。
スペクターはいったん部屋を出ると、すぐに拳銃ケースを肩にかけて戻り、拳銃を振りかざしたという。
「彼は私に向かってまっすぐ歩いてくると、私の顔に拳銃をあてて、帰ろうとしたら殺すぞ言いました」
「ショックのあまり、私は泣き出してしまいました。帰ろうとすれば絶対に殺されると思いました」
この事件を機に、ニューヨークでウエートレスとして働いていた1991年にスペクターと出会って以来の精神的な関係が終わったと述べた。
Grosvenorさんの証言に先立ち同日早朝、ステファニー・ジェニングス(Stephanie Jennings)さんの証言が行われた。ロック・ミュージシャン専門の写真家であるジェニングスさんは、1995年ニューヨークのホテル室内でスペクターに拳銃を突きつけられた件について証言した。
2003年に起きたB級映画女優ラナ・クラークソン(Lana Clarkson)殺害容疑に関する公判は今年4月から始まった。すでに2人の女性が、同様に拳銃を使ってスペクターが行った脅迫の状況について証言している。
検察官は、スペクターが過去に女性に対する拳銃を使った暴力行為を繰り返していることから、クラークソン殺害の疑いを持っている。
ジェニングスさんは1994年ニューヨークのレストランでスペクターと出会い交際を始めたという。
翌年スペクターはフィラデルフィアを拠点にしていた彼女を、ニューヨークで多くのスターが出席するセレモニーへ招待し、マンハッタンの5つ星ホテル、カーライル・ホテル(Carlyle Hotel)を予約した。
ジェニングスさんはセレモニー後のパーティーでスペクターが「軽く酔って、大声でからんだり、侮辱的な発言をしている」ことに気付いたという。
ジェニングスさんは部屋へ戻ったが、スペクターのボディーガードが扉をノックする音で起こされ、スペクターのいるスイートルームへ行くよう言われた。ジェニングスさんが断ると、スペクター自身がやってきた。
「彼は酔っており、部屋へ来いと言いました」
「言い合いになると、彼は私に平手打ちし、突き飛ばしました」
スペクターはジェニングスさんを浴槽に押し込めると浴室を出て、すぐに拳銃を持って戻ってきた。
「彼はドアの前にイスを置き、どこへも行くなと言いました」
「私は撃たれると思いました」
ジェニングスさんは警察に電話をすることもできたと述べた。スペクターはジェニングスさんが彼女の母親に電話していると思いこんでいたからだという。
ホテルを出たジェニングスさんは結局告訴をせずにフィラデルフィアへ戻った。
その後、スペクターとの電話連絡を続けていたが、翌年スペクターに立ち向かう態度をとり、関係を終わらせたという。これに対しスペクターは「複数の脅迫電話」を残して対抗した。
「とても怖かった。それまで聞いたことのないような声で私の名前を呼び、脅迫しました」
閉鎖的な性格のスペクターは、60年代に「ウォール・オブ・サウンド(Wall of Sound)」という録音技術を生み出した天才音楽家だ。2003年2月3日にハリウッドのナイトクラブで出会った当時40歳のクラークソンを、数時間後に射殺した容疑を否認している。
写真は、ロサンゼルス地裁で証言中のGrosvenorさん。(c)AFP/JAMIE RECTOR