【ロサンゼルス/米国 27日 AFP】米国映画協会(Motion Picture Association of America、MPAA)の元会長で、映画産業の発展のために尽力したジャック・ヴァレンティ(Jack Valenti、85)氏が亡くなった。MPAAが26日に発表した。

 発表によれば、ヴァレンティ氏は4月に脳卒中でメリーランド(Maryland)州ボルティモア(Baltimore)の病院に入院。退院した翌日に亡くなったという。死因などについてはMPAAは明らかにしていない。

 テキサス(Texas)州ヒューストン(Houston)に生まれ、ヒューストン最年少となる15歳で高校を卒業し、陸軍のパイロットとなったヴァレンティ。第二次世界大戦中には中尉としてB-52などに搭乗していた。ハーバード大学(Harvard University)を卒業後、1952年にヒューストンで、政界向けに広告・コンサルティングを手がける会社を設立。1955年、後のヴァレンティの政界入りのきっかけとなる同じテキサス州出身のリンドン・B・ジョンソン(Lyndon B. Johnson)と出会った。

 そして1963年11月、当時のジョン・F・ケネディ(John F. Kennedy)大統領とジョンソン副大統領の選挙キャンペーンでパブリシティを担当。自社の代表としてダラス(Dallas)に同行したヴァレンティは、ケネディ大統領の暗殺を目撃した。

 ケネディ元大統領の銃撃後、大統領に就任したジョンソンから特別補佐として政府に残るよう依頼を受けたヴァレンティは、新大統領と、元大統領の遺体と共に大統領専用機でワシントンに戻ったという。

「あの日から、この国も私の人生も変わってしまいました」生前のインタビューでヴァレンティはこのように語っていた。

 雄弁で、歯に衣着せぬ物言いをしたヴァレンティは、1966年5月に政界を離れ、MPAAの3代目会長となる。

 1922年に設立された同協会の会員には、パラマウント・ピクチャーズ(Paramount Pictures)、ソニー・ピクチャーズ・エンタテイメント(Sony Pictures Entertainment)、ワーナー・ブラザーズ(Warner Bros.)、ユニバーサル・スタジオ(Universal Studios)、ウォルト・ディズニー(Walt Disney)、20世紀フォックス(20th Century Fox)、MGMスタジオなど大企業が名を連ねている。

 ヴァレンティはこの会長を務めた40年間、ハリウッドの映画産業を守るため、国内外で精力的に闘った。

 まず1968年、それまで導入されていた悪評高き検閲機関に代わるものとして、レーティング・システムを導入した。映画の内容の適性により、文字で映画を分類するというシステムだ。

 さらに海賊版撲滅のため、俳優、政治家、協会会長、技術専門家、弁護士、会計士らと協力し、法制度と技術発展の基盤を築き上げた。海賊版が取り締まられることなく放置されれば、映画産業は衰退してしまうだろうとハリウッド関係者らは恐れていたのだ。

 ヴァレンティのMPAAでの活躍は、その波乱に富む人生の中で最も輝かしいものだろう。その後、2004年には会長の座を退いている。

「ジャック・ヴァレンティは、ワシントンとハリウッドという世界で最も華やかな2つの舞台で活躍してきた巨人です」MPAAのダン・グリックマン(Dan Glickman)現会長はこのような声明を出し、ヴァレンティを「独創的な人物」「彼亡き後、その穴を埋められる人物はいない」とたたえた。

「MPAAは、ヴァレンティを失ってしまったというニュースに深く悲しんでいます。夫人のMary Margaretや3人の子供たち、そしてそのほかの家族とともに、ヴァレンティへの祈りを捧げています」

 ヴァレンティは小説などの著書も残している。ハリウッドの殿堂「ウォーク・オブ・フェーム(Hollywood Walk of Fame)」入りも果たし、フランスのレジオン・ドヌール勲章(Legion d’Honneur)も受勲し、アメリカ監督組合(Directors Guild of America、DGA)の生涯会員でもあった。

 写真は、第30回ドーヴィル・アメリカ映画祭(30th Deauville American Film Festival)に登場したヴァレンティ(2004年9月4日撮影)。(c)AFP/MYCHELE DANIAU