「五体不満足」の乙武氏、小学校の先生に - 東京
このニュースをシェア
【東京 24日 AFP】およそ10年前、障害を持って生まれながら、充実した人生を送ろうという揺るぎない決意と、くじけることのない強さに満ちた著書がベストセラーとなった乙武洋匡氏は日本中の人々の心を動かした。
その乙武氏が新しい挑戦を始めた。伝統的に個性があまり尊重されてこなかった社会で、一人ひとりの違いを認め合うことを子どもたちに教えようと4月から小学校教員として働き始めたのだ。AFPは就任して間もない乙武氏にインタビューを行った。
「私の夢は平和な世界を作ることです。私の能力と個性を生かしてこの目標に一歩でも近づけるならとても嬉しいし、それが私がこの世界に生まれた意味だと思います」と乙武氏は笑みをたたえ、頷きながら答えた。
1998年に出版された世界的ベストセラー「五体不満足」(英語版タイトルは「Nobody’s Perfect」)の著者である乙武氏は現在31歳。4月に始まった新年度から東京の小学校で1年生から6年生に教え始めた。
「今日は私にとって大きな一日です」整然と並んで 杉並区立杉並第四小学校の始業式に臨む子どもたちに、電動車椅子に乗った乙武先生の声がはっきりととどいた。
「生徒から『どうやって教えるの?』と尋ねられたこともあります。先生が教室で黒板に文字を書くときには手伝ってください、と私は答えました。さもなければ、ほっぺたと肩にチョーク挟まないといけないから」
始業式が終わった後も幾人かの生徒は乙武氏をとり囲み、 肩や脚を見たり、触ったりした。
明るい灰色のスーツと淡紅色のネクタイに身を包んだ新任の先生はいやがりもせず、むしろ笑顔で子どもたちの相手をしていたた。
■障害を前向きに捉える
乙武氏は無四肢症というまれな遺伝障害のため、先天的に両腕と両脚がない。
学校では介助者が1人付き、体操着への着替えから学校へ送迎する車の運転まであらゆる面でサポートする。
乙武氏は障害のために普通は不可能だと思えることもあきらめない。何年も練習を続けてバットやボールに慣れた今ではバスケットボールや野球もこなす。
スポーツジャーナリストとして成功を収めた彼は、2年前に教師の資格をとる決心をした。
乙武氏は6年生の社会と5年生の理科、1年生から6年生までの道徳を担当する。
「ほかの先生と違い障害を持っているからこそ、私にしか教えられないことがあると思います」という乙武氏は、他人に対する敬意とさまざまな人を受け入れる寛容さを教科書で学ぶことはできないと語る。
両親の決断により、自身が普通学級で学んだ乙武氏は障害を持つ生徒がいるクラスは結束力が強まると言う。
「子どもたちに差別はいけないんだと言葉で論理的に教えるよりも、障害のある子どもと一緒に過ごすなかで自然に学ぶほうがいいんです」
その他にも目標を決めて、それに近づくため絶え間なく努力することの大切さも子どもたちに伝えたいと乙武氏は言う。
「私の身体を見ただけでは、ドリブルだとかボールを投げるのは無理だと思うでしょう。でも子どもたちが私を見て『わぁ、先生はすごく頑張ったに違いない』と思えば、途中であきらめずに何かに挑戦してくれるのではないでしょうか」
「介助者が私を手伝う姿をみて、助け合うことの素晴らしさを感じてくれたら嬉しいですね」
文筆業、ジャーナリストを経て教師になった乙武氏は、多数の自殺者も出し、日本の学校の大きな課題となっているいじめ問題にも正面から取り組むと言う。
「一人ひとりにそれぞれ違った個性があって、それが当然なんだということを生徒が感じ取れる、クラスメイトが互いの違いを受け入れることのできるクラスを作りたいです」
■違いがあることに慣れる
それが容易でないことを乙武氏はよく理解している。
乙武氏の目に日本の社会は、西欧主要国に比べて障害のある人々を受け入れる度合いが低いとようだ。
彼の言葉を借りれば、日本は「均質的」な社会で、普通の人は日常生活で障害者と関わることに慣れていないため、障害者の受け入れが進まない。
「日本人が違いを受け入れるには、違いに慣れるしかありません」
乙武氏は、日本で一般の人が障害のある人に会うのは特別な機会に限られ、日本の障害者施設は不十分だと話す。
「障害のある人を別世界からの訪問者のように扱いがちです。しかし、普段から障害者と接していれば、特別な存在だとは思わないでしょう」
差別と闘った経験から、結局すべてはパーソナリティの問題に行き着くと乙武氏は語る。
「障害があってもなくても、他人とうまくやっていけるならばその人は受け入れられるはずです。障害が無い人同士でも、うまくやっていけないならば互いに我慢ならないでしょう」
乙武氏は、自分自身が異質なものとして社会で活動すると同時に、日本が障害を持つ人をよりよく受け入れる社会になることを目指して闘い続けている。
「これまで私は1人の人間として、やりたいことに向かって努力するという単純な生き方をしてきました。そういう障害にとらわれない生き方を、これからも続けて行きたい。社会がこれを受け入れてくれることを望みます」
写真は、5日、小学校の校庭で子どもたちと歓談する乙武氏。(c)AFP/Yoshikazu TSUNO
その乙武氏が新しい挑戦を始めた。伝統的に個性があまり尊重されてこなかった社会で、一人ひとりの違いを認め合うことを子どもたちに教えようと4月から小学校教員として働き始めたのだ。AFPは就任して間もない乙武氏にインタビューを行った。
「私の夢は平和な世界を作ることです。私の能力と個性を生かしてこの目標に一歩でも近づけるならとても嬉しいし、それが私がこの世界に生まれた意味だと思います」と乙武氏は笑みをたたえ、頷きながら答えた。
1998年に出版された世界的ベストセラー「五体不満足」(英語版タイトルは「Nobody’s Perfect」)の著者である乙武氏は現在31歳。4月に始まった新年度から東京の小学校で1年生から6年生に教え始めた。
「今日は私にとって大きな一日です」整然と並んで 杉並区立杉並第四小学校の始業式に臨む子どもたちに、電動車椅子に乗った乙武先生の声がはっきりととどいた。
「生徒から『どうやって教えるの?』と尋ねられたこともあります。先生が教室で黒板に文字を書くときには手伝ってください、と私は答えました。さもなければ、ほっぺたと肩にチョーク挟まないといけないから」
始業式が終わった後も幾人かの生徒は乙武氏をとり囲み、 肩や脚を見たり、触ったりした。
明るい灰色のスーツと淡紅色のネクタイに身を包んだ新任の先生はいやがりもせず、むしろ笑顔で子どもたちの相手をしていたた。
■障害を前向きに捉える
乙武氏は無四肢症というまれな遺伝障害のため、先天的に両腕と両脚がない。
学校では介助者が1人付き、体操着への着替えから学校へ送迎する車の運転まであらゆる面でサポートする。
乙武氏は障害のために普通は不可能だと思えることもあきらめない。何年も練習を続けてバットやボールに慣れた今ではバスケットボールや野球もこなす。
スポーツジャーナリストとして成功を収めた彼は、2年前に教師の資格をとる決心をした。
乙武氏は6年生の社会と5年生の理科、1年生から6年生までの道徳を担当する。
「ほかの先生と違い障害を持っているからこそ、私にしか教えられないことがあると思います」という乙武氏は、他人に対する敬意とさまざまな人を受け入れる寛容さを教科書で学ぶことはできないと語る。
両親の決断により、自身が普通学級で学んだ乙武氏は障害を持つ生徒がいるクラスは結束力が強まると言う。
「子どもたちに差別はいけないんだと言葉で論理的に教えるよりも、障害のある子どもと一緒に過ごすなかで自然に学ぶほうがいいんです」
その他にも目標を決めて、それに近づくため絶え間なく努力することの大切さも子どもたちに伝えたいと乙武氏は言う。
「私の身体を見ただけでは、ドリブルだとかボールを投げるのは無理だと思うでしょう。でも子どもたちが私を見て『わぁ、先生はすごく頑張ったに違いない』と思えば、途中であきらめずに何かに挑戦してくれるのではないでしょうか」
「介助者が私を手伝う姿をみて、助け合うことの素晴らしさを感じてくれたら嬉しいですね」
文筆業、ジャーナリストを経て教師になった乙武氏は、多数の自殺者も出し、日本の学校の大きな課題となっているいじめ問題にも正面から取り組むと言う。
「一人ひとりにそれぞれ違った個性があって、それが当然なんだということを生徒が感じ取れる、クラスメイトが互いの違いを受け入れることのできるクラスを作りたいです」
■違いがあることに慣れる
それが容易でないことを乙武氏はよく理解している。
乙武氏の目に日本の社会は、西欧主要国に比べて障害のある人々を受け入れる度合いが低いとようだ。
彼の言葉を借りれば、日本は「均質的」な社会で、普通の人は日常生活で障害者と関わることに慣れていないため、障害者の受け入れが進まない。
「日本人が違いを受け入れるには、違いに慣れるしかありません」
乙武氏は、日本で一般の人が障害のある人に会うのは特別な機会に限られ、日本の障害者施設は不十分だと話す。
「障害のある人を別世界からの訪問者のように扱いがちです。しかし、普段から障害者と接していれば、特別な存在だとは思わないでしょう」
差別と闘った経験から、結局すべてはパーソナリティの問題に行き着くと乙武氏は語る。
「障害があってもなくても、他人とうまくやっていけるならばその人は受け入れられるはずです。障害が無い人同士でも、うまくやっていけないならば互いに我慢ならないでしょう」
乙武氏は、自分自身が異質なものとして社会で活動すると同時に、日本が障害を持つ人をよりよく受け入れる社会になることを目指して闘い続けている。
「これまで私は1人の人間として、やりたいことに向かって努力するという単純な生き方をしてきました。そういう障害にとらわれない生き方を、これからも続けて行きたい。社会がこれを受け入れてくれることを望みます」
写真は、5日、小学校の校庭で子どもたちと歓談する乙武氏。(c)AFP/Yoshikazu TSUNO