【ヤンゴン/ミャンマー 17日 AFP】パンク、ロック、肌もあらわな服装に着飾った若者たちで溢れかえったヤンゴン(Yangon)市内。

 ミャンマーの首都ヤンゴンでは先週末、軍事政権のけん制にも関わらず、仏教徒の新年を迎える人々が町中で盛大なお祭り騒ぎを行った。

■人々が集う唯一の祭り

 東南アジアの仏教徒たちが祝うティンジャン(Thingyan)祭りは、軍事独裁政権が敷かれたこの国で人々が公に集うことのできる唯一の機会。

「この祭りの期間は、皆が自由になれる時間です。友人同士で集まり、恋人たちは祭りを理由にして自由に触れ合う幸せな時間なのです」とTin Tinさん(38)は語る。

 パンキッシュスタイルにセットした髪型は赤に黄色、青とカラフルに染められ、若者たちは市内に設置されたステージで、バンド演奏したり、伝統の水かけに興じる。中にはラッパーやロッカー風に着飾る者、ミニスカートやビキニ、肌を露出したトップスを身につける若者もいて、ヤンゴンではめずらしい光景が広がる。
 
■自由に着飾り、楽しみたい

 同国の文化省は、祭りの開催に当たって「ミャンマーの伝統にそむく上品でない服装は慎むように」と警告していた。

 ミャンマーは、東南アジアでも人々が伝統的衣装を身につけ暮らす数少ない国の一つ。男性はロンジー(Longyi)と呼ばれる布を腰に巻き、女性はロングスカートを着用する。

 24歳のMu Muさんは、あらわな服装をしたことで処罰を受けた人はいないと明言する。服装は挑発ではなく、純粋に楽しむためのものだという。「多くの若者はお互いを見せ合いたいのです。だから、このような服を着るのです」と、ムー・ムーさんは言う。

 4日間にわたって開かれたこの祭りは、特に大きな事故もなく16日、無事に幕を閉じた。

■軍事政権による規制におびえる毎日

 鼻や口元につけたピアスや、逆毛を立てたヘアスタイルは、この祭りが終わると同時に町から姿を消す。かつてはビルマ(Burma)という国名で知られていたミャンマーでは、1962年以来軍事政権による独裁政治が続いている。
 
 集会を開いたり、軍事政権を批判したりするようなことがあれば、拘束も免れない。人々は、そんな体制におびえながら暮らしている。

 2月にヤンゴン市内で行われた経済的苦難と物価上昇に対する小規模の抗議活動では、抗議集会のリーダーや集会を取材したジャーナリストを含め20人が逮捕される騒ぎとなったがその後、全員無事釈放された。

■魚を放流して自由を願う

 当局は、ティンジャンの際にいかなる政治的スローガンの発言や騒動も起こしてはならないと警告していた。しかし同国の民主化運動グループは、このイベントを活動のための絶好の機会ととらえているようだ。

 17日には、ある民主化運動グループが軍事政権反対活動が原因で投獄された政治犯の家族のために、インヤ(Inya)湖に魚を放流する儀式を行う。このイベントは、現在自宅軟禁下にある民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)氏の自宅近くで行われる。

 活動家のMin Ko Naingさんは、「私たちは拘束中の政治犯の解放を願い、新年の日に魚を放します」と話す。

 国民民主連盟(NLD)のスー・チー氏は、1990年の選挙で勝利したものの、政権を握ることは許されなかった。

「新年を迎えるスー・チーさんに、健康を祈ります」と語るのは、NLDの報道員、Myint Thein氏。さらに、「新年を迎えるに当たり、国のために当局の協力を期待します」と付け加えた。

 通りが水浸しになったにぎやかな祭りは16日に終わり、人々は翌日、仏塔や僧院へ趣き、新らしい年が幸運で満たされることを願いながら、鳥や魚を自然に放った。

 写真は15日、ティンジャンで水を掛け合う市民。(c)AFP/Khin Maung WIN