【エルサレム/イスラエル 1日 AFP】エルサレム(Jerusalem)のパレスチナ人居住区で路面電車の工事をしていた作業員らが、紀元1世紀のユダヤ都市のものと思われる遺跡を偶然に発見し、話題を呼んでいる。

 Shuafat地区の大通りの下に見つかった名もない集落跡を、路面電車のレール敷設工事が再開される前にすべて掘り起こしてしまうおうと、学者らは精力的に発掘調査を進めいている。

 今回見つかった町の遺跡は古代イスラエルの第2神殿時代にさかのぼる。一部の考古学者らは、この遺跡が聖書に登場する聖職者が休息し、サウル(Saul)が王に選ばれた町「ノブ(Nob)」であるとの説に懐疑的な見方を示しているものの、多くの学者の間では興奮が続いている。

■名もなき町は、紀元70年ごろ誕生か

 この遺跡発掘を進める遺跡管理事務所のメンバーであるRachel Bar Nathan氏は、「これほど重要性の高い町がエルサレム中心部からほんの数キロ北に存在したことは、誰も知らなかった。町の名前すらわからない」と話す。

 Nathan氏によると、この町は古代ローマ軍がエルサレムを占拠し、ヘロデ(Herod)王の第2神殿を破壊した紀元70年の後に建設されたという。町は紀元130年に発生した古代ローマ帝国への反乱後に放棄されたという。

 Shuafat地区の中心部では連日、ブルドーザーによる路面工事が続いている。路面電車は、6日戦争(第3次中東戦争)でイスラエル軍に占領され領土に組み込まれたさらに北のユダヤ人居住区に続く。

■多様な生活用品、浴場なども見つかる

 発掘現場では、すき、シャベル、ピック、ブラシなどを持った50人を超えるパレスチナ人作業員が、日よけのために張られたテントの下で古代の町の手掛かりを探す。発掘チームはこれまで、2000年ほど前に発生し、町を焼き尽くしたと思われる火災の形跡を発見した。

 壁の中からは、硬貨の入ったつぼが発見された。住人が将来、町に戻るつもりだったことがうかがえる。硬貨の中には、ローマ皇帝トラヤヌス(Trajan、在位紀元98年~117年)の顔が描かれた珍しい金貨も含まれていた。

 町は古代ローマ時代の街道のあった西を向いて造られていた。この街道はエルサレムから、古代ローマ帝国のティトゥス(Titus)将軍が開いた町「Flavia Neapolis(現在のナブルス、Nablus)」に通じていた。ティトゥス将軍はユダヤ人の反乱と戦い、後にローマ皇帝になっている。

 町の配置と見つかった数々の地下貯水槽から、考古学者らはこの町がエルサレム-ローマ間で食料などを運搬する幹線道路であったと考えている。また、住居用家屋、公共の建造物、石製の調理機具なども発見されている。

 粗末な作りの石階段を下ると、あでやかな色をしたモザイクで飾られた温泉浴場があった。浴場は町の西端に位置し、2005年にやはり同じ路面電車の工事で発見された。エルサレムを占領し、ヘロデ王の第2神殿を破壊した第10ローマ軍団が使った大浴場が最近発見されたが、遺跡の浴場はこれと同じ給湯方法を取り入れていた。

 写真は3月21日、Shufatの遺跡で作業をする考古学者。(c)AFP/MENAHEM KAHANA