【シエムレアプ/カンボジア 25日 AFP】Khun Sokhaさんは、アンコールワット(Angkor Wat)の外壁に腰掛けて寺院の特徴的な尖塔(せんとう)の真上に朝日が昇る瞬間を待つ何百人という観光客とともに夜明けを迎える。夜明け前のもやが立ち込める中、カメラのフラッシュが光る。

 数時間もすれば、何千人にも膨れあがった観光客が自由に遺跡に出入りし、暗がりを探索し始める。中には、崩れ落ちた石によじ登ったり、繊細な浅浮き彫りを手でたどったりする人もいる。

■矛盾する思い

 Angkor National Parkに押し寄せる観光客のガイドをして生計を立てるKhun Sokhaさんは「古代の人々は宗教的な理由で寺院を建築した。観光客の集団に登らせるのが目的ではない」と語る。この地を訪れる観光客の数は年々増加の一途をたどっている。Khun Sokhaさんは「寺院が損傷を受けているのは明らか。心配はしているが、住民の生計は観光収入に支えられている」と続ける。

 国内で最も有名な歴史的建造物の扱いをめぐっては、カンボジア政府も矛盾した思いを抱えている。

 国家のアイデンティティーのまさに中核をなすアンコール遺跡群には毎年大勢の観光客が押し寄せ、2006年にはカンボジアを訪れた約200万人の半数が同遺跡を訪問している。観光客の増加を受けて政府は、この貴重な遺跡を元の状態のままに保護する必要性を認識し始めたところだ。

 アンコール遺跡の維持管理を行う「アンコール地域保存開発整備公社(Apsara Authority)」のSoeung Kong氏は「多くの観光客が出入りすれば寺院が損傷を受けることは避けられない」と語る。

 だが同時に、貧困に苦しむ国家にとって、2006年に観光収入が15億ドル(約1771億円)に達した事実は見逃せない。政府高官らは、遺跡保護と観光収入確保という微妙なバランスを保つことを余儀なくされている。Soeung Kong氏はAFPの取材に対し「損傷を最小限に抑える努力を行っている」と語る。

 アンコール遺跡群がユネスコ(UNESCO)の世界遺産に指定された1993年当時、同遺跡を訪れた観光客は7600人程度。以来、訪問者の数は急速に増加し続け、政府は、カンボジアに入国する観光客が2010年までに300万人に達すると期待している。
 
 歴史的に重要な遺物と触れ合うことができるアンコール遺跡群は、同国を訪れる観光客にとって大変な魅力だ。だが、観光客が数百万人規模に達すれば、遺跡への影響は深刻なものになりかねない。ユネスコの駐カンボジア代表、神内照夫氏は「大勢の観光客が訪れているため、われわれは文化遺産、寺院および遺跡が損傷を受けることを懸念している」と語る。神内氏によれば寺院の多くは大変脆弱(ぜいじゃく)で、現在ユネスコは政府と協力して観光業の急成長による弊害の最小化に取り組んでいるという。

 寺院の壁には名前や落書きが彫り込まれ、大勢が上り下りしたために摩滅した石の階段の上には見苦しい木製の階段が設置されている。損傷を防ぐため、観光客が繊細な壁の彫刻に触れることを完全に禁じている寺院もある。

 だが、寺院の保存をめぐる議論においては、寺院そのものに着目するだけでは不十分だ。むしろ、より重大な脅威は寺院から数キロメートル離れたシエムレアプ(Siem Reap)の町に存在している。シエムレアプの通り沿いには近年250件を超える旅館やホテルが建築され、無秩序なリゾート地が作り上げられているのだ。

■脅威的な水不足が現代に復活

 およそ500年前、かんがいシステムの構築に失敗したアンコール朝の統治者らは、クメール(Khmer)の首都を捨てることを余儀なくされた。そして現在アンコール遺跡群は深刻な水不足という脅威に再びさらされている。

 古代の都市が100万人の住民に十分な水を供給することができなかったのと同様に、かつてない観光客の急増がこの地域の水分を枯渇させ、多くの寺院を崩壊の危機に陥れている。

 54の搭に彫られた穏やかな顔で有名なバイヨン(Bayon)寺院の土台沈下や繊細な彫刻が施された石のひび割れの拡大は、専門家らが長らく恐れていたことが現実化している証拠だ。アンコール遺跡で最も有名な遺跡の1つが、今まさに崩れかかっている。

 原因は、シエムレアプに乱立するホテルによる無制限な地下水の使用。大量に地下水が使用されるため、アンコール遺跡群の地盤が不安定化しているのだ。

 Khun Sokhaさんによれば、井戸を10本も所有しているホテルもあり、毎日何千立方メートルもの地下水がくみ上げられているという。気温が40度に達する日が何日間も続く乾期を迎えれば、状況は悪化の一途をたどる。

 Soeung Kong氏は「ほとんどのホテルは井戸を持っている。われわれはホテルに対し、特に乾期の間は1日8000立方メートル以上地下水をくみ上げないよう警告している」と言う。同氏は「観光客の数が増加し続ける限り、水の消費量も増加する。この点について懸念はしているが、われわれは現状にとどまっているわけではない。水の使用量と観光客のバランスを取るよう努めている」と続ける。

 だが、ユネスコの神内氏は、シエムレアプは最低でも1日あたり平均1万5000立方メートルの水が必要と考える。日本政府は必要量の半分の水を供給する計画を進行中だが、急速な町の拡大に供給量が追いつくか否か、疑問は残る。

 シエムレアプ観光事務所のKuy Song氏は「ホテル建設は急成長を続けている。富裕層による宿泊施設の建築を禁じることはできない」と語る。一方で同氏は「寺院の行く末は大変心配」とも語る。

 写真は、首都プノンペン(Phnom Penh)の北西およそ314キロメートルに位置するシエムレアプで、観光客を乗せてアンコール遺跡群に向かう人力車(2007年3月3日撮影)。(c)AFP/TANG CHHIN SOTHY