【カトマンズ/ネパール 20日 AFP】「コリウッド(Kollywood)」というニックネームがつけられているネパールの駆け出し映画産業は、和平協定が結ばれ、ネパール共産党毛沢東主義派(Maoist)のストーリーを含む、国内映画への新たな期待と需要がもたらされるなか、大規模な復興を行う計画だ。

 ネパール共産党毛沢東主義派らによる10年余りにわたる反乱で、多くの人命が犠牲になり、経済は壊滅状態に陥った。映画産業もまた例外ではなかった。

 ビレンドラ王(Birendra Bir Bikram Shah Dev)が1990年、大衆による抗議の真っ最中に民主主義を復活させて以来、多くの他の産業と同じく、映画産業も力強い成長を見せていた。

 映画館は国中に建設され、90年代中盤には530館でピークを迎えた。

 しかし、ネパール共産党毛沢東主義派が壮絶な「人民戦争」を起こしたことで、映画館の数は200館にまで減少し、年間映画製作数も15本以下に落ち込んでしまった。

 それでも投資家は今、復活した需要を見出し、今年は40本の映画製作を計画しており、旧ネパール共産党毛沢東主義派の参加もあるという。

 「この国にもようやく平和が訪れ、映画製作者は仕事が再開できることをとても楽しみにしています。ネパール共産党毛沢東主義派でさえ主流の映画産業に参入してきているのです」政府組織であるネパール映画開発委員会のSailesh Acharya氏は語る。

 ネパール映画が最高潮に達したのは2001年から2002年の間で、50本以上の映画が製作された。

 「この期間5万人余りが雇用されました。素晴らしい瞬間でしたが、残念ながらネパール映画はその後数年はかなり厳しい状態でした」ベテラン映画監督、Laxminath Sharmaは語る。

 今日映画産業に関わるのはわずか2万人余りの人々だと政府はいう。

 「戦争の中で人々は外出を恐れました。映画を見に行くことはまずありませんでした」Acharya氏はいう。

 ネパール映画は、ムンバイを拠点にするインドの有名映画産業、ボリウッド(Bollywood)に大きな影響を受けていることをAcharya氏は認め、映画監督はロマンティックなストーリーラインとダンスナンバーを組み合わせる、使い古されてきた形式から脱することが出来ないでいるとした。

 「我々の言語や文化はインドのものと非常に似ており、国境も解放されているので、ネパール映画にはボリウッドの影響が強く見られます」

 よくあるネパール映画のストーリーは、誇張されて描かれた男性の主人公が、悪漢により傷つけられたガールフレンドの名誉を守ろうとするというロマンスである。

 初のネパール語映画は1951年にインドで作られた「Harischandra」であった。

 1980年代まで、国費の映画のみが製作されてきたが、政治活動が活発になった80年代、多くのネパール人はインド映画による文化的な侵入に怒りを感じていた。

 国内映画の動きがピークに達したのは2000年、ヒマラヤ山脈の塩の取り引き業者について描かれた「キャラバン(Caravan)」でのことであった。

 ネパールとフランスの合作であるこの映画はフランス人監督エリック・ヴァリ(Eric Valli)によるもので、ネパール映画として初めて米アカデミー賞(Academy Awards)の外国語映画賞にノミネートされた。

 映画は文学、芸術と科学の融合であると考える、Sharma監督にとって、機材と訓練された専門家の欠如が映画産業最大の問題のようだ。

 「人々が全く共通点を見出せないので、我々の映画は観客を魅了することに惨めに失敗しました。我々には洞察力、研究、技術的ノウハウが欠けています」11本の映画を現在製作中であるSharmaは語る。

 「我々は常に現実逃避映画を撮っています。誰のせいにも出来ません、我々自身の責任なのです」

 世界最大の映画生産国であるライバルのインドは、南アジアや世界中にいるアジア系の人々に人気を博す、歌と踊り満載のロマンス映画の市場を独占している。

 ネパール市場全体の40パーセントを占めるといわれる首都カトマンズの映画館は、インドから輸入されたヒンズー語の映画で支配されている。

 「安値の海賊版VCDやDVDの氾濫により、人々は簡単にボリウッドの大作映画を観ることができます。彼らはネパール映画にも同等の品質を求めます。それは不可能です」著名な映画製作者、Madan Krishna Shresthaは語る。

 「僕らが求めているのは自身に重ね合わせられるような、現実的な映画です。しかし製作者は観客が欲しているものを理解していません」若者に人気の雑誌「Y!」の編集者、Subel Bhandari(24歳)は語る。

 しかし、ネパールの元ネパール共産党毛沢東主義派たちは、自分たちが国内映画を革命的な方法で撮れると信じている。

 ネパール共産党毛沢東主義派の文化部門は最低でも、「Lal Salaam(赤い敬礼)」、「Jana Yudh(人民戦争)」、「Aawaz(声)」の3本の映画を製作中で、それらでは10年にわたる内戦が様々な視点から描かれている。

 「ネパール映画の未来はとても期待できるものです。我々はインド映画から物語をコピーする古いパターンを壊していきます」と「Lal Salaam」の監督、Shiva Lamichhaneは述べた。

 同映画はネパール共産党毛沢東主義派の様々な戦場での功績をテーマにしたもので、血みどろの「人民戦争」の最も重要な衝突にフォーカスを当てている。

 製作スタッフはプロだが、兵士の役は実際の元戦士により演じられるとLamicchhaneは語った。

 「成功する映画が高い製作費である必要はないということを証明します」

 写真は映画ポスターの貼られた映画館を通り過ぎる男性(2007年3月6日撮影)。(c)AFP/Brian SOKOL