【パリ/フランス 2日 AFP】米映画監督、デビッド・リンチ(David Lynch)のアート作品を集めた展覧会、「The Air Is On Fire」が、カルティエ現代美術財団(Cartier Foundation for Contemporary Art)で3月3日に開幕する。

■これまで陽の目を見なかったリンチのアート

 同展には61歳のリンチが半世紀に渡って創作してきた、世には余り知られていない作品たちが登場する。

 巨大なキャンバスの作品から、マッチ箱に描かれた小さな風景画、写真、スケッチ画、数え切れないほどの落書きには、十代の頃に手掛けたものもある。

 1977年の「イレイザーヘッド(Eraserhead)」から新作「Inland Empire」にも見られる、性と暴力、無意識下の欲望というテーマは、今回の展覧会でも頻著に現れており、会場ではリンチが共同制作したインダストリアル系の音楽が流れる。

 リンチは、意図的に名前や日付を作品に入れておらず、1日に同財団で開かれた記者会見でも、このミステリアスな世界を解こうとする記者からの質問は巧妙にかわされた。

 「見るものが全てです」リンチは語る。

 「作品が全てを物語っている…でもそのほとんどは、言葉を持ちません。見る者が作品の前に立てば、そこから魔法が始まるのです」

 同展覧会にかかわった学芸員の一人であるHelene Kelmachterさんはこの展覧会を「ある世界から、どこに連れて行かれるのかわからない、別の世界に堕ちて行く様な迷路への旅」であると説明した。

 「しかし結局の所、これは僅かに奇妙で人を不安にさせる、リンチ・ワールドの一つへの入り口に過ぎないのです」

 5月27日まで開催される同展の構想は、カルティエ現代美術財団から持ち込まれた。同財団のディレクター、エルベ・シャンデス(Herve Chandes)さんは、作品を選ぶためにリンチの自宅があるロサンゼルスまで6度足を運んだ。

 コレクションのメインとなるのは表面に人体、マスク、性器のモチーフが付けられ、絵具、ラテックス、木材と毛を素材に描かれている巨大なキャンバスだ。

 数点の具象的な作品の一つには、パンツを半分引きちぎられた奇形の女性が、剥き出しの腹部に銃を当て、電話の受話器を頭に持ってきて「でも…夢は見れるわ、そうじゃない?」という文字が書かれたものがある。

■度々登場する「ボブ」とは?

 作品の中には、世紀末後の世界の様な風景を彷徨う「ボブ(Bob)」という人物を描いたシリーズある。「ボブ」はリンチのカルト的人気を誇ったTVシリーズ「ツイン・ピークス(Twin Peaks)」の登場人物の名前でもある。

 「これは別なボブです。私はボブという名前が好きなのです。その響きと、この絵に描かれるボブの姿が好きなのです」リンチは続ける。

 「ボブとは世の中で色々な経験をしている人物です。私はボブが大好きです。そして、私は自分自身とボブを重ね合わせて見ているのだ思います」

 階段を下りるとそこの壁には数百に及ぶ、小さな落書きやスケッチ画、メモ書きがナプキンからマッチ箱に至る様々なものに記されており、リンチの数十年間の記録が今回初めて展示されている。

 「将来何かを語ってくれるので、こういったものを保存するのは好きなんです。紙にちょっとしたものを書けば、何かが始まるのです」

 次の部屋に行くと、そこには安っぽいゼブラ柄のソファーと赤と黒の水玉模様のカーペットと共に、完全な映画セットとして再現されたリンチのスケッチ画がある。

 「イレイザーヘッド」のワンシーンをモデルにした上映室では、「Six Men getting Sick(1967年)」、「The Alphabet(1968年)」、「The Grandmother(1970年)」と題された、リンチの実験的な初期短編作3本が上映されている。

 最近の作品の中には「Distorted Nudes」と呼ばれる、1840年代から1940年代までのエロティックな写真を、2004年に合成して作ったデジタルのモンタージュ写真もある。

 より型にはまった写真には、赤い口紅を塗ったモデルの魅惑的なヌードや、工業地帯を背景に描かれた白黒の落書きを収めたものがある。

 白黒の水性絵具で描かれた侘しい家屋や、半分が引っ掻かれた文章には狂気と断絶が伺える。

 映画界に入る前、60年代に美術を学んだリンチにとって、彼のアートは、その世界に夢中になるものであり、頭を悩ませるものではない。

 「人々は自身で思っているより、抽象的なものを理解しています。抽象的な世界に浸り、しばしの間全てを忘れることを心地よく感じる人もいれば、そのような状況に苛立つ人もいます」

 しかし、この殺伐とした不気味な作品陣に惑わされてはいけない。33年に渡る超越瞑想により「純粋な意識と、美、安楽の限りない海原」に入ることが出来ようになったというリンチは、自身を「とても幸せな男」だと主張する。

 写真は同会見に臨むデビッド・リンチ。(c)AFP/DOMINIQUE FAGET