【香港 24日 AFP】ミュージシャンとしてのキャリアを広げるために、過去のヒットを引っさげライブ・ツアーを行うことをためらう全盛期を過ぎたロックスターはあまりいない。

 70年代のプログレッシブ・ロックを作ってきた英バンド、ピンク・フロイド(Pink Floyd)の元ソングライターで、ミュージシャンのロジャー・ウォーターズ(Roger Waters)がそのようなアイディアを実現するのには、20年以上がかかった。それが今回の「『狂気(Dark Side of the Moon)』ツアー」である。

 「こんなことが僕の脳裏によぎることは全くなかったよ」63歳のウォーターズは、85年のバンド脱退以来初めて傑作アルバム「狂気」を演奏するツアーで滞在中のオーストラリアからの電話インタビューでこう語った。

 F1モナコ・グランプリ(Monaco Grand Prix)でピンク・フロイド再結成ライブを願ったF1の主催者からの提案が最終的には、彼に今回のツアーをやっと考えさせるきっかけになった。

 「彼らがこのアイディアを持ってきてくれたのはいいことだった。僕はこのツアーをとても楽しんでいるよ。このレコード自体も、それを演奏することも大好きだし、本当に素晴らしいことだと思う」

 世界を周る同ツアーで、2月現在アジア公演を行っているウォーターズは1972年の同アルバムを、ほとんど旋律レベルで再現している。

■ロック史上にその名を馳せる名盤

 3400万枚のセールスを誇る同アルバムには「Money」や「Great Gig in the Sky」などの不滅の名曲が収録されており、米国だけでも未だに年間50万枚を売り上げている。

 “ピンク・フロイド”の名前が一切出ていないにも関わらず満員を記録した、2時間に渡るコンサートでは、「狂気」の他にアルバム「ザ・ウォール(The Wall)」から、議論を呼んだ名曲「Another Brick in the Wall Pt 2」なども演奏され、ファンを魅了した。

■メンバーとの和解とこれから

 過去20年間の大半をバンド解散後の摩擦により、人目を避けてきたウォーターズにとっての分岐点に、今回のツアーが行われることになった。

 この1年ウォーターズはバンドメンバーとの法的な争いや、個人的ないがみ合いについての後悔の念をテレビや取材で表してきた。

 その最も顕著なものでは、チャリティコンサート、LIVE 8でギタリスト、デヴィッド・ギルモア(Dave Gilmore)、ドラマーのニック・メイソン(Nick Mason)、キーボード奏者のリック・ライト(Rick Wright)と和解し、再結成ライブを行ったことだろう。

 「ライブ8に出ることはとても大事な気がしたし、他の3人のメンバーと共にステージに上がるのは最高だと思ったよ。あの再結成についてはポジティブな気持ちしか持っていないよ」

 もう一つの建設的な側面は、ウォーターズが、60年代カリスマ的ミュージシャン、シド・バレット(Sid Barrett)と共にピンク・フロイドを支えた旧友メイソンと仲直りをしたことだ。

 しかし、愛と憎しみが相互するライバル関係であった同バンドのリードギター/ボーカルだったギルモアとの友情についてはあまりはっきりと語らない。

 「互いに話すようになれば、仲も良くなるだろうけど、僕らは社会的に同じ世界には住んでいないんだ。リックと僕は本当の友達ではなかったし、デヴィッドともそうだった。だから僕らがもう友人ではないことは、僕たちの人生にそんなに意味は無いんだ」

 この言葉は、ピンク・フロイドの再結成があり得そうに無いことを物語っている。

 「何か別の(LIVE 8のような)ことは直ぐに又やるかも知れないけど、それが数曲以上のものになったら難しいと思う」

 ウォーターズとギルモアの不仲はロックのライバル精神が誤った方向に行ってしまった有名な例の一つである。2人の極端なエゴが競争心となり、ロック史に残る偉大な業績を成し遂げてきた。

 しかし、ウォーターズ脱退後、ギルモアはピンク・フロイドとして残りのメンバーと活動を続け、それに怒ったウォーターズは法的手段で活動を阻止しようとした。

 ウォーターズの望む形ではなかったにせよ、このいさかいには決着が着いた。

 昨年のシドの死の際に見せた悔恨の情は、ウォーターズに対し抱かれていた、鬼の様なイメージを払拭することになり、流れは彼の見方となっている。

 「1985年から、僕らの中で本当に手柄を収めたものはいないと思う。悪くてネガティブな時期だったんだ。そして僕は自分がそのネガティブなものの一部だったことを悔やんでいる。僕は他のメンバーや、確実にデヴィッドよりは、ピンク・フロイドの哲学とポリシーを重視していたんだ。僕がやったことは、4人で一緒に作ってきた完全なものを守るために行ったものだった」

 「今はその行動が失敗する運命だったことが理解できる。他のメンバーが同じ思いじゃないのに何故、僕は作品に対する自らの気持ちを押し付けてしまったんだ?そんなことをしようとしたことが間違いだったんだ」

 過去20年間の彼が言うところの“分裂”の解決は、ウォーターズによるピンク・フロイド時代の作品への新しいアプローチを可能にした。

 まず、彼には堕落した名声と野心をテーマにした1979年のアルバム「ウォール」をブロードウェー舞台として上演する計画がある。

 そして今回の「狂気ツアー」だ。

 ギルモアと他のバンドメンバーが90年代後半に同アルバムでツアーを行ったのを始め、米ジャムバンド、フィッシュ(Phish)ら数多くのバンドが同アルバムを演奏するのを見て、ウォーターズには曲をクリエイターである自分のもとに戻したいという感情が沸いてきた。

 「もちろんそういう気持ちもあるよ。でも、この曲を観客の前で歌うということ自体が気持ちいいんだ。このコンサートをやると、観客と凄く直接的なコミュニケーションを取り合えるんだ」

  写真は15日、香港で行われた「狂気ツアー」のコンサートでステージに立つロジャー・ウォーターズ。(c)AFP/RICHARD A. BROOKS