異人種間の関係を取り上げた作品で勢いづく映画産業 - マレーシア
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【クアラルンプール/マレーシア 14日 AFP】多民族国家のマレーシアで異人種間の恋愛は広くタブーとなってきた。そんなマレーシアで最近、この問題を取り上げた多くの映画が製作され、主要メディアでは滅多に見られない議論が展開している。
■民族的タブーを打ち破る新しい映画
新進の映画監督たちは、観客の大量動員を目的に作られたありきたな内容の映画よりも、現実に根ざしたラブストーリーを描くことに熱心だ。
そんな監督の中の一人による映画が「Sepet」だ。この作品がプレミア公開を迎えた2005年には、「マングリッシュ(Manglish)」と呼ばれる典型的なマレーシア英語を話す登場人物による、異人種間のロマンスがセンセーションを巻き起こした。
“細い目”を意味する「Sepet」とは、マレー系、インド系の人々と共に同国に住む中国系の人々をさしている。同映画ではマレー系と中国系の人種的な関係と、国民性の問題が若者の恋愛と織り交ぜて表現されている。
このテーマは、中国系、インド系住民が不満を持つ近年のイスラム化により難しくなった民族間の関係を抱えるマレーシアの観客にとっては頭の痛いものであった。
同作品を手掛けた有名監督のヤスミン・アハマド(Yasmin Ahmad)は、同映画がマレー系イスラム教徒の文化を脅かし、イスラム教徒の観客を害することになるかもしれないという映画産業のトップの言葉をすぐに受け流していた。
ロマンスだけでなく、マレー人の主人公を演じる女優が、中国系のボーイフレンドと共に、イスラム教では禁じられている豚肉を売るレストランに入っていくシーンには猛烈な批判の声が上がった。
「あれは宗教差別の一大キャンペーンなどではありませんでした。この作品はある人種の異なる若者がいて、たまたまこの2人が恋に落ちる様子を描いたものです」ヤスミンはAFPにこう答えた。
「私は、マレーシアで製作される若者の恋愛映画の大半が、知的に低レベルなことに不満を持っていました。」
「Sepet」は2005年の東京国際映画祭(Tokyo International Film Festival)で最優秀アジア映画賞を受賞したのを始め、数個の賞を受賞した。
「こういったタイプの映画は最近激増しています。しかし私は、それらの中心にあるのは人種ではなく人々だと考えています。新しい映画製作者が新たなスタンダードを作っているのです」
■マレー系文化が主流になっていた映画産業
1960年代のマレーシア映画は南インドと英国の影響を大きく受けており、植民地時代を背景に様々な民族や文化を取り込んでいた。
しかし、強まるイスラム教の影響で、映画でも人口の大くを占めるマレー系の文化を中心に描写されるようになり、インド系や中国系は単なるステレオタイプで表現されるようになったという意見もある。
公用語であるマレー語のみを使用していないものや、文化的に反体制とみなされた映画は、政府からの資金援助を得られず、地元の映画賞からも外されるということも頻繁にあった。
■新しい映画の流れ
それでも最近は、人種間の恋愛や友情と同時に文化の相違を取り上げた「Gol and Gincu」や「Goodbye Boy」などを含む、多くの挑戦的な映画が製作されている。
昨年、異人種間の関係、飲酒、友情をテーマにした「S’kali」で長編映画デビューを飾ったインディ系の製作者Arivind Abrahamはこう語る。「人々は現在、異人種間の関係については問題がないと考えがちですが、それは完全に真実ではないのです。公には出ないところでは多くの問題があります。そういった問題があるにもかかわらず、それが普通だと思い込む傾向があるようです」
「S’kali」では両親からの圧力と厳しい文化的な慣習により、主役のカップルは別れることになる。「破局の原因は最終的に、彼らが戦ってきた先入観が実は、自分たちの中にあると突然気が付いたということにあります。彼らが自らの中に存在しないと思っていたはずの偏見が突然明らかになるのです」。
写真は「Sepet」のワンシーン。(c)AFP/HO/SEPET/YASMIN AHMAD
■民族的タブーを打ち破る新しい映画
新進の映画監督たちは、観客の大量動員を目的に作られたありきたな内容の映画よりも、現実に根ざしたラブストーリーを描くことに熱心だ。
そんな監督の中の一人による映画が「Sepet」だ。この作品がプレミア公開を迎えた2005年には、「マングリッシュ(Manglish)」と呼ばれる典型的なマレーシア英語を話す登場人物による、異人種間のロマンスがセンセーションを巻き起こした。
“細い目”を意味する「Sepet」とは、マレー系、インド系の人々と共に同国に住む中国系の人々をさしている。同映画ではマレー系と中国系の人種的な関係と、国民性の問題が若者の恋愛と織り交ぜて表現されている。
このテーマは、中国系、インド系住民が不満を持つ近年のイスラム化により難しくなった民族間の関係を抱えるマレーシアの観客にとっては頭の痛いものであった。
同作品を手掛けた有名監督のヤスミン・アハマド(Yasmin Ahmad)は、同映画がマレー系イスラム教徒の文化を脅かし、イスラム教徒の観客を害することになるかもしれないという映画産業のトップの言葉をすぐに受け流していた。
ロマンスだけでなく、マレー人の主人公を演じる女優が、中国系のボーイフレンドと共に、イスラム教では禁じられている豚肉を売るレストランに入っていくシーンには猛烈な批判の声が上がった。
「あれは宗教差別の一大キャンペーンなどではありませんでした。この作品はある人種の異なる若者がいて、たまたまこの2人が恋に落ちる様子を描いたものです」ヤスミンはAFPにこう答えた。
「私は、マレーシアで製作される若者の恋愛映画の大半が、知的に低レベルなことに不満を持っていました。」
「Sepet」は2005年の東京国際映画祭(Tokyo International Film Festival)で最優秀アジア映画賞を受賞したのを始め、数個の賞を受賞した。
「こういったタイプの映画は最近激増しています。しかし私は、それらの中心にあるのは人種ではなく人々だと考えています。新しい映画製作者が新たなスタンダードを作っているのです」
■マレー系文化が主流になっていた映画産業
1960年代のマレーシア映画は南インドと英国の影響を大きく受けており、植民地時代を背景に様々な民族や文化を取り込んでいた。
しかし、強まるイスラム教の影響で、映画でも人口の大くを占めるマレー系の文化を中心に描写されるようになり、インド系や中国系は単なるステレオタイプで表現されるようになったという意見もある。
公用語であるマレー語のみを使用していないものや、文化的に反体制とみなされた映画は、政府からの資金援助を得られず、地元の映画賞からも外されるということも頻繁にあった。
■新しい映画の流れ
それでも最近は、人種間の恋愛や友情と同時に文化の相違を取り上げた「Gol and Gincu」や「Goodbye Boy」などを含む、多くの挑戦的な映画が製作されている。
昨年、異人種間の関係、飲酒、友情をテーマにした「S’kali」で長編映画デビューを飾ったインディ系の製作者Arivind Abrahamはこう語る。「人々は現在、異人種間の関係については問題がないと考えがちですが、それは完全に真実ではないのです。公には出ないところでは多くの問題があります。そういった問題があるにもかかわらず、それが普通だと思い込む傾向があるようです」
「S’kali」では両親からの圧力と厳しい文化的な慣習により、主役のカップルは別れることになる。「破局の原因は最終的に、彼らが戦ってきた先入観が実は、自分たちの中にあると突然気が付いたということにあります。彼らが自らの中に存在しないと思っていたはずの偏見が突然明らかになるのです」。
写真は「Sepet」のワンシーン。(c)AFP/HO/SEPET/YASMIN AHMAD