【ワルシャワ/ポーランド 20日 AFP】旧ソ連で30年以上権力の座に君臨した独裁者ヨシフ・スターリン(Joseph Stalin)の命令を受けて建築された高さ230メートルの文化宮殿(Palace of Culture)が議論を醸し出している。その威厳あふれる姿から、記念建造物として指定すべきだという声が上がる中、共産主義政権が崩壊し、西欧諸国の一員となったときに倒壊すべきだったという反論が出ているのだ。

 文化遺産や歴史的建築物の保存を担当している同市の職員らは、社会主義リアリズムの建築法を後世に残すべく、文化宮殿を独断的な改造から守っていくべきだとした。この荘厳な建物が 記念建造物として分類されるためには、同市長の認可が必要になる。

 1955年に完成した当時、ヨシフ・スターリン記念文化科学宮殿と名付けられたこの建物は、42階建て。第2次世界大戦中のナチス・ドイツによる占領支配で、ほとんどの建物が破壊され荒廃した街の中央に建てられた。

 文化宮殿は、マンハッタンの高層ビル街に嫉妬したスターリンにより、モスクワ国立大学(Lomonosov Moscow State University)のような、典型的なソ連時代の大建造物によく似た構造で建設された。現在のヨーロッパ都市部においても、最大規模の敷地面積を誇っている。第2次世界大戦終了から1989年まで、文化宮殿一帯のパレード広場(Parade Square)は、社会主義政権の栄光を示す行進やデモンストレーションなどが行なわれていた。

 建物内部には、映画館やレストラン、イベントホールやオフィス、さらにはプールまである。大ホールは3000人を収容可能で、政府の会議だけでなく、英ロックバンド、ローリング・ストーンズ(Rolling Stones)、フランスの国民的歌手シャルル・アズナブール(Charles Aznavour)、ドイツ人歌手/女優マレーネ・ディートリッヒ(Marlene Dietrich)のコンサートなども開催された。

 現在でも、建築的、歴史的背景などで、この文化宮殿に否定的な意見を持つ人もいるが、過去に愛された建物の1つに過ぎないと見る人もいる。

「若い私にとって、スターリン時代のシンボルに大きな意味はありません。文化宮殿は現在ワルシャワに建てられているほとんどの建物に比べ大分優れているという点で純粋に私をひきつけるのです。好きか嫌いかは置いておいて、この建物は既にワルシャワのシンボルとなっています」建築家のMarcin Grabacki氏は、新聞記者Gazeta Wyborcza氏との対談でこう語った。

 建築学のLech Klosiewicz教授は、文化宮殿を記念建造物にしようとする動きを「全くばかげている」と語る。「文化宮殿は芸術ではない。街の中央部を塞いでしまっているし、周りの建築物とも異質で、市全体の風景に全くとけ込んでいない」。

「スターリンが残したこの文化宮殿を国の遺産にすれば、維持費は市がまかなうことになる」と批評家は述べる。しかし同建物の管理委員会のLech Isakiewicz会長は語る「ワルシャワ市民の税金から維持費を抽出する必要はない。維持に必要な分は、同建物の家賃や施設の使用料などでまかなわれているし、一年に約33万3千ドル(約4千万円)の利益も出ている」。

 同建物に関する議論はインターネット上でも白熱している。

「ワルシャワのシンボルである文化宮殿は開かれた場所だ。恐ろしい環境に囲まれた灰色の建物なんかではない」と書き込む人もいる。

「是非、記念建造物に指定すべきだ。こんなに美しい建物は他にはない。」と続く人もいれば、「文化宮殿以外にワルシャワで観光できる場所なんてあるのかい?」と皮肉を言う投稿者もいる。

 写真は夜空にたたずむ文化宮殿(2007年1月17日撮影)。(c)AFP/JANEK SKARZYNSKI