【東京 19日 AFP】オーストラリア人ジャーナリストのベン・ヒルズ氏が皇太子妃雅子さまについて伝記的に執筆した著作『プリンセス・マサコ(Princess Masako: Prisoner of the Chrysanthemum Throne)』の邦訳が、2月にも講談社から発売される。

 本書は昨年11月にオーストラリアで刊行され、続いて米国でも12月に出版された。原題には「菊のご紋の囚人」という副題がつけられている。

 3年にわたって病気療養中の雅子さまは公の場にほとんど姿を見せていないが、国民の人気は衰えていない。著者はオーストラリア紙の元東京特派員で、雅子さまをダイアナ元英皇太子妃(Princess Diana)と比較するなどしつつ、最良の治療を受けられているものの、病状は今後も続くと予想している。

 内容は、雅子さまの日本での生活ぶりに加え、ハーバード大学やオックスフォード大学に留学していた頃についても言及。数か国語を話し、外交官として輝かしい経歴を持つ雅子さまが、1993年に皇太子さまと結婚された経緯を、「積極的に同意したわけではなかった」と紹介する。伝統にのっとり、一夜にして名字と選挙権を放棄して、宮内庁の管轄のもと皇室の厳格な慣習への服従を求められたとしている。宮内庁には23人の皇族方のお世話をするため、1000人以上の公務員が詰めている。

 ヒルズ氏は、執筆時を振り返って、「賢くて教養のある女性が、なぜ中世の修道院のような環境に甘んじようと思ったのか、どうしても理解できなかった」と語った。

■インタビュー取材は却下

 ヒルズ氏は、雅子さまへの直接インタビューを繰り返し申し込んだが、いずれも「前例がない」として宮内庁に却下されたという。AFPも本書に関して宮内庁への取材を希望したが、断られた。

 執筆にあたってヒルズ氏は、60人近くを取材。その中には、皇室の専門家や記者に加え、雅子さまや皇室に近しい人物も含まれているという。これらのインタビューから、雅子さまのお人柄の複雑な側面を描き出し、「才気にあふれているが、傷つきやすい」と分析する。

 教養豊かな外交官夫婦の子としてロシアや米国に暮らした子ども時代が、ご自身の学問的、外交的な経歴に影響しているとも説明。本書で「厳格で向上心が強い」とされる父、小和田恆さんは、現在オランダ・ハーグ(Hague)にある国際司法裁判所の判事を務めている。

 しかし、有能な外交官として約束された将来は、皇太子さまとのご結婚後、次期皇太子となる男子皇族の誕生を強く望む声に押しつぶされ、「おとぎ話は終わった」とヒルズ氏。

■雅子さまの回復には時間がかかる

 ヒルズ氏は、昨年9月に秋篠宮妃紀子さまが、男子皇族としては41年ぶりとなる悠仁(ひさひと)さまを出産されたことから、雅子さまに対するプレッシャーは和らいだと見る。だが皇室の発表によれば、雅子さまの本格的な回復にはまだ時間がかかるという。公務の再開も一部にとどまり、引き続き治療が必要な状況だ。

「雅子さまは現在、最新、最良の治療を受けられている。幾つかの薬剤を服用されているほか、定評のある精神科医の診療も受けている」とヒルズ氏。

「ただ、病状が回復したところで、皇室からのプレッシャーはジェットコースターのように押し寄せてくるだろう。雅子さまは相変わらず波乱に満ちた日々を送られるはずだ。決して1人にはなれない」

■自由を得るには「離婚」

 ヒルズ氏は、雅子さまが「切望する(ヒルズ氏)」自由を取り戻されるには、離婚か、皇太子さまが皇位継承権を放棄するかのどちらかしかないと主張。宮内庁も、公式見解では否定するだろうが、離婚に反対することはないだろうと述べる。

「当初、宮内庁は皇太子さまと雅子さまのご結婚に反対だった。教養の高い外交官を皇太子妃にはしたくなかったのだ。もっと従順で、夫の二歩後ろを歩くような女性を望んでいた」

 その上で、皇太子さまは雅子さまを愛しておられることから、ご自身の皇位継承権放棄以上に離婚は望まれないだろうと指摘。「皇太子さまはとても礼儀正しく、将来天皇になられるために努力してこられた。継承権放棄は義務の放棄だとお考えになるはずで、雅子さまのご家族にとっても不名誉となるため、放棄はなさらないだろう」と述べている。

 写真は、皇太子ご一家。(2006年12月1日撮影)(c)AFP/Yoshikazu TSUNO