【バグダッド/イラク 15日 AFP】2005年12月30日に死刑が執行されたサダム・フセイン(Saddam Hussein)元大統領に続き、死刑判決を受けていたフセイン元大統領の側近2人の死刑が執行された。
イラク政府は日本時間の午後4時49分、正式に刑の執行を認めた。

 死刑が執行されたのは、フセイン元大統領の異父弟のバルザン・イブラヒム(Barzan Ibrahim al-Tikriti)元国家情報局長官と、アワド・ハミド・バンダル(Awad Hamed al-Bandar)元革命裁判所長。1982年にフセイン氏暗殺未遂があったバグダッド北郊ドジャイル(Dujail)村のシーア派住民148人の虐殺を命じた「人道に対する罪」で元大統領とともに有罪、死刑の判決を受けていた。

 フセイン元大統領の絞首刑に対する国際社会からの非難を受けて、側近2人の死刑執行は延期されていた。

 この死刑を受けて、米国ホワイトハウスのScott Stanzel報道官は、「イラクは主権国家であり、公正は裁判の元、人道に対する凶悪犯罪に対し裁きを下した」との声明を出した。また、Stanzel報道官は、ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)大統領にこの一報が伝わっているかは定かではないと付け加えた。

■ バルザン・イブラヒム元国家情報局長官

 バルザン・イブラヒム元国家情報局長官は1951年生まれ。異父兄のサダム・フセイン
元大統領のクーデターに加わったとき10代だった。8人の子供の父親で、バグダッドにあるAl-Mustansiriyah大学では法律と政治を学ぶ。

 短気で、秘密主義者。サダム・フセイン元大統領の長男ウダイなどフセイン一族との争いが絶えなかったが、常にフセイン一族の中では主要なポストに就いていた。2003年にはフセイン元大統領の二男クサイが大統領職を継承することに反対。一族との折り合いはよくなかったものの、フセイン元大統領の最も信頼のおける側近として、1988年から1998年まで元ジュネーブ国連大使を務める。

 1990年にイラクがクウェートに侵攻した際には、国連(United Nations)によるイラクへの制裁回避に奔走。フセイン元大統領の個人資産を管理し、イラク情報機関を統率しフセイン政権の武器購入計画のために、ヨーロッパで密かに活動していたとされる。

 米軍当局はイブラヒム元国家情報局長官が多くの拷問、虐殺行為に関わり、フセイン政権の悪政に加担した「Saddam’s Dirty Dozen」(サダム・フセインの非合法集団)の一員と呼んだ。

 イブラヒム被告はドジャイル村におけるシーア派住民殺害に関わった罪で訴えられており、同被告に対する罪はイラン・イラク戦争が激しかった1982年初めから1983年後半まで秘密警察を率いた時期までさかのぼる。

 2003年の米軍によるイラク侵攻後、米軍司令部がトランプにして作成した指名手配者リストの「クラブの5」、52番目の指名手配者として、同年4月16日に拘束されていたが、ガンと診断され、人道上の配慮から治療のため釈放が求められていた。


■ アワド・ハミド・バンダル(Awad Hamed al-Bandar)被告。

元革命裁判所長。2004年7月1日に法廷で政治的意図をもって処刑を行ったとして起訴された。第二次世界大戦時にナチス・ドイツの裁判官がニュルンベルグ裁判(Nuremberg Trial)で起訴されて以来、初めて同様の罪状で起訴された裁判官となった。
 バンダル被告の弁護士は2005年10月19日に裁判が始まった後、拉致されて殺害されている。

 バンダル被告側は(サダム・フセイン政府の)命令に従っただけだと主張したものの、バンダル被告の行った執行命令への要求は、実際には殺害命令であり、法の精神にのっとった判決でも合法性のある判決でもなかったと結論づけられた。同被告は「人道に対する罪」で有罪となり、死刑を宣告された。

 見せしめ裁判を行った罪に加えて、バンダル被告は未成年者35人に対して死刑判決を下した罪で起訴された。しかし元裁判官長は4月16日、裁判は公正なもので未成年者に死刑判決を下したことはないと主張。「被告は皆権利を有し、弁護士の弁護を受けた。私は裁判官であり、良心に基づいて20歳未満のものに死刑判決を出したことはない」と語った。

 写真はイラク高等法廷で、死刑宣告を受けた直後のイブラヒム元国家情報局長官(右)とバンダル元革命裁判所長(2006年11月5日撮影)。(c)AFP/DAVID FURST/SCOTT NELSON