【東京 1日 AFP】綱渡りをするクマ、輪をくぐるプードル、昔から器用な芸をみせる動物たちは人間を楽しませてきた。しかし、都内でイルカショーに出演しているイルカの「ラッキー」の人気の秘密は、むしろ逆だ。

 ラッキーはジャンプが跳べないのだ。

 カマイルカのラッキーは推定10-12歳。パフォーマンスを行う9頭のなかで唯一のオスだ。

 「ラッキーへ声援をお願いします!」エプソン品川アクアスタジアムのイルカプール館内にアナウンスが響き渡る。「ラッキーはジャンプが苦手なんです。でも今度こそ、上手く跳べるかもしれません!」アナウンスが観客の興奮を盛り上げる。

「もし失敗しても、精一杯がんばったラッキーに拍手してあげてくださいね」

 「ラッキーはとても臆病なんですよ」とトレーナーの土屋祐さん(24)は語る。ラッキーは秀才の女子集団の中でおとなしくしている男の子のようだという。3頭のメスイルカとジャンプの練習を行ったときのラッキーは、メスたちの優雅な演技に比べ、水中での動きも鈍く絶望的だったそうだ。

 パートナーのロロがバーを飛び越えるハイジャンプを披露すると、土屋さんの足下で待っていたラッキーにも「ご褒美」が与えられた。「ロロは優等生」と土屋さんも認める一方、「でも、一番可愛げがあるのがラッキー。キャラクターがいいんですよ」と、ラッキーの魅力も説明する。

 日本テレビのニュースキャスター、福沢朗さんは自身のブログに「ラッキーは特別」と書きこむ。「予想通り、ラッキーは今日もへまをした。でも、だからラッキーはこんなにも愛らしいんだ!」

 福沢さんのブログは続く。「ラッキーには永遠に失敗者のままでいてほしい。仲間のイルカたちが6メートルジャンプをしても、ラッキーには3メートルだって跳んでほしくないんだ」

 コンサルティング会社トレンダーズのウェブサイトでは、社員の一人がラッキーへの応援メッセージを寄せている。「仲間と同じように演技できなくても大丈夫。9頭のなかで特別になればいいんだよ」

 品川アクアスタジアムの話では、ラッキーは石川県で「偶然」漁師の網にかかったのだという。

 早稲田大学の心理学教授、加藤諦三氏はラッキーのファンは「劣等感のシンボル」に親近感を抱いているとみる。「彼らは敗者により同情を感じている。ラッキーを愛することで、自分自身をも励ましているのだ」

 終身雇用制が崩壊し厳しさを増す一方の競争社会のなかで、多数の日本人が拡大する貧富の格差への不満を表し始めている。日本経済が復調したとはいえ、拡大する収入格差は、「誰もが再挑戦できる社会」を政治政策として掲げた安倍晋三政権が取り組むべき重要政治課題の一つだ。

 愛される「敗者」はラッキーが初めてではない。高知競馬で連敗を続けた競走馬、ハルウララが大人気となった例もある。一勝もできなくとも懸命に走る姿が人気を呼んだ。また、ハルウララの馬券は「当たらない」として交通安全のお守りとして車に貼る人もいたという。ハルウララは2004年に引退した。

 加藤教授によれば、日本人はラッキーやハルウララのように、敗北を恐れず挑戦しつづけるものに感動を覚えるのだという。公衆の面前での失敗を恥ずべきものと考える日本社会では、希少な姿だからなのだと説明する。「極端に失敗を恐れ恥じる民族は日本人だけだ」

 ラッキーのトレーナーの土屋さんは当初、演技ができなかったラッキーに厳しく接し、ご褒美も与えなかった。しかし、この方法ではラッキーは進歩しなかった。「それで、ラッキーにこの接し方は向いていないのだと悟ったんです。今は、ラッキーの演技がちょっとでも良ければ、ほめてみたり励ましたりしています」

 写真は、品川アクアスタジアムでパフォーマンスを披露するラッキーと仲間たち(2006年8月23日撮影)。(c)AFP/Yoshikazu TSUNO