【5月18日 MODE PRESS】演劇団体「マームとジプシー(Mum and Gypsy)」を率いる劇作家・演出家の藤田貴大(Takahiro Fujita)が、初のエッセイ集「おんなのこはもりのなか」を発表した。雑誌『アンアン(an・an)』に約2年間連載した作品を中心にまとめた1冊で、「不可解な女子たちの身体、記憶、匂い、あるいはそのすべて」についての妄想系エッセイとなっている。日本の演劇界に革新をもたらす気鋭のクリエイターは、ときに女優や昔の同級生、山手線で見かけた女の子などを見つめ、ざまざまな角度から妄想と日常を描く。

 女子の腕の毛や髪の生え際を見つめ、手荒れや口内炎を愛しく思うという、藤田の一面は可笑しくも切実。芸人で作家の又吉直樹(Naoki Matayoshi)はそのセンスを「透きとおった変態性と切なさが最高」と評した。しかし本人はそのフェチズムとも言うべき視点に「僕はけっこうニュートラルに書いているつもり」と苦笑いする。

 32歳になったばかりの「おとこのこ」による、果てしない「おんなのこ」への偏愛は、どのように彼の創作へとつながっているのだろうか?

エッセイ「おんなのこはもりのなか」(2017年4月26日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

■細胞レベルで女子を理解したい

 藤田はこれまで今日マチ子(Machiko Kyo)の漫画を舞台化した「cocoon」や寺山修司(Shuji Terayama)の代表作に挑んだ「書を捨てよ町を出よう」など多数の話題作を手がけてきた。特徴的なのは「リフレイン(反復)」と呼ばれる手法と、独特の身体性、そして多感な女子たちの世界を映し出す少女性だ。初期の作品ではほとんど「女子以外のことは描いてなかった」ほどだという。「女子というのは僕にとって分からない存在。分からない存在だからこそ、描いてみたい理由がある」と本人は語る。

 女子の細かなところまでつい観察してしまう癖は、仕事でもプライベートでも同じ。つねに「細胞レベルで女子のことを分かっているか?」と自問するのは、職業柄だ。「演劇作家って、『どういうふうに女性像を捉えているか』ということが公演ごとに観客にジャッジされる。だから女優のことを全部知っておかなきゃいけない。知らなくていいゾーンがあるとは、僕は思わない」

穂村弘や又吉直樹も参加した「書を捨てよ町へ出よう」(2015年)。(c) 井上佐由紀

■理想の女性は「八千草薫」

 10代の頃、テレビをあまり見てはいけない環境だったため、周囲が見ているようなドラマを見たことがなかったという藤田。大学時代も「ミニシアター系を見ちゃったりするサブカル糞野郎だったから」映画ばかり見ていたと笑う。そのため、バイト仲間に「好きな芸能人は?」と聞かれても「八千草薫(Kaoru Yachigusa)」としか答えられず、不思議がられたこともあった。

 しかし八千草薫を好きな理由は「本当にかわいいし、画面上に配置されているだけですごく絵になるから」。自身の作品でも、セリフが達者な役者は求めておらず、舞台に配置したときに「画面がすっきりする人」が良いと語る。「800~1000人に見せる舞台になってくると、それだけでまったくクオリティーが変わる」。『ロミオとジュリエット』のオーデイションではセリフの審査よりも、候補者たちが立ったり座ったりする姿を見てキャスティングした。そのため稽古が始まってから初めて声を聞いた役者も大勢いたという。

大森伃佑子が衣装を手がけた「ロミオとジュリエット」(2016年)。(c) 田中亜紀