【5月6日 MODE PRESS】250軒以上の飲み屋が密集する新宿ゴールデン街で、「本」にまつわるいくつかの店が異彩を放っている。戦後の闇市に端を発し、青線時代を経て、60年代くらいから作家や漫画家、編集者、写真家、映画監督らが集うようになった新宿ゴールデン街。芥川賞作家の中上健次、直木賞作家の田中小実昌、佐木隆三、漫画家の赤塚不二夫も常連客だったとか。

■nagune(ナグネ)=流れ者

nagune(ナグネ)の外観。住所:東京都新宿区歌舞伎町1-1-5 電話番号:03-3209-8852 営業時間:19:00~深夜 定休日:不定休、年末年始(c)Sayuri Kobayashi

 まずは、ギャラリーバーの「nagune」(ナグネ)。5月7日まで一冊の写真集を元にした展覧会「『植田正治作品集』編集室」が開催されている。通常は写真集などの本がいくつか置かれているが、それを前面に出した店ではないのであしからず。naguneとは「流れ者」を意味する朝鮮語。年に何回か写真展が企画され、写真家や写真好きが多く集う。2003年にこの店をオープンしたベテランオーナー・田正彦さん特製の珈琲泡盛やつまみもおすすめしたい。

 植田正治(1913〜2000年)は、地元・鳥取の砂丘で、オブジェのように人物を配したモダニズムあふれる作品で広く知られ、没後の近年再評価されている写真家。昨年12月に河出書房新社から刊行された『植田正治作品集』には、これまで多くの人の目に触れてこなかった作品が多数掲載されている。「雑誌の初出にあたる」という編集方針で、プリントだけでなく、雑誌を集めて誌面を複写、製版したことで全作品の収録が可能になった。

「nagune」(ナグネ)で開催されている展覧会「『植田正治作品集』編集室」の様子。『植田正治作品集』編集室 会期:2017年3月6日〜5月7日 (c)Sayuri Kobayashi

 今回の展覧会は、『植田正治作品集』の編集者・島田和俊がnaguneの常連客であったことから実現したもの。大胆なことに、店舗の1〜3階全体に、写真集から切り出したページを額装して掲示。さらに赤字の入った色校正紙や初出雑誌のコピーの束を無造作に置いたりして、「編集室」を彷彿させるインスタレーションを展開している。写真の魅力を本制作の裏側から見られる貴重な機会だ。

・nagune
住所:東京都新宿区歌舞伎町1-1-5
電話番号:03-3209-8852
営業時間:19:00~深夜
定休日:不定休、年末年始
URL:http://www.nagune.jp/
『植田正治作品集』編集室
会期:2017年3月6日〜5月7日
 
 

■レサワ味わいながら「The OPEN BOOK」

The OPEN BOOK(オープンブック)のメニュー表は原稿用紙。(c)Sayuri Kobayashi

 2軒目は、昨年春に開店して以来、新宿伊勢丹にポップアップバーを出したり、アーティスト「ぬQ」の個展を開催したりと話題に事欠かない人気店、「The OPEN BOOK(オープンブック)」。重い木の引き戸を開けると、3階までぶち抜いた一角の壁面にびっしり並んだ本が圧巻だ。

 この店には大きな特徴が2つある。一つめは、冒頭でも触れた小説家・田中小実昌の孫である田中開さんが「おじいちゃんが居た街に、おじいちゃんの蔵書を並べて」オープンしたこと。本棚には田中小実昌の著作や「問題小説」「えろちか」といった雑誌、客が持ち込んだ最近の本など数百冊がひしめく。カウンター裏に並ぶ佐木隆三、柄谷行人らの著書は田中小実昌が作家本人から寄贈されたもの。納得のor意外な交遊録を肴に愉しめる。

レモンサワー 中 700円(c)Sayuri Kobayashi

 2つめの特徴は、「本邦初レモンサワー専門店」であること。飲んでみればその謳い文句に偽りがないことがわかる。厳選した黒糖焼酎にレモンピールで香り付けし、ランドルフィルター(普通はクラフトビールで使われる)で風味を豊かにしたあと、特製シロップを加え炭酸を注入。生レモンの爽やかな風味とまろやかさが共存した、唸らずにいられない美味しさだ。料理は代沢「サーモン&トラウト」の森枝幹シェフが監修。「カレートースト」「牛肉とキノコのパイ」などレサワと相性のいいこだわりメニューを供している。

 2階には青線時代の「ちょんの間」を想起させる四畳半の個室が。昭和カルチャーを軽妙洒脱に更新し、深淵な本の世界への入口を開いている。

・The OPEN BOOK(オープンブック)
住所:東京都新宿区歌舞伎町1-1-6 新宿ゴールデン街五番街
電話番号:080-4112-0273
営業時間:18:00~26:00
定休日:無休
URL:https://www.facebook.com/theopenbook2016/
※来店2回目以降、店内の本を2週間借りることができる。要図書カード記入。一部の本をのぞく

■bar図書室

bar図書室 住所:東京都新宿区歌舞伎町1-1-10 2F 電話番号:03-3203-5043 営業時間:20:00~29:00 定休日:日曜日 ※来店2回目以降、店内の本を2週間借りることができる。要図書カード記入。一部の本をのぞく(c)Sayuri Kobayashi

 3軒めは、漫画読みなら素通りできない「bar図書室」。ゴールデン街の入口付近に位置し、雰囲気的にも明るく入りやすい一軒だ。店内には店主・のんさんのおすすめ作品が並び、夜な夜な漫画家や漫画ファンが集う。黙々と読み耽る人もいれば、漫画談義で盛り上がる人もいる。オープンは2010年。巷でブックカフェが増えだした、店主25歳の頃のことだった。現在はアルバイトの漫画家が店に立つこともある。

 選書の基準は、「私が読んでおもしろいと思ったもの。スペースの制約もあるので、漫画喫茶にあるものとか巻数が多いものはなかなか置けないですね」(のんさん)。棚の目立つところには、例えば「ダンス・ダンス・ダンスール」「それでも町は廻っている」などおすすめ度の高いものが、カウンターの上には主に新刊など今話題にしたくなるものが置かれている。

bar図書館でドリンクを提供するコースターは「おそ松くん」や「めぞん一刻」のキャラクターもの。(c)Sayuri Kobayashi

 「図書室」だけあって、店内に置いてある本は来店2度目から借りることができる。漫画本の裏表紙をめくると、貸し出しカードが添えられているので、そこに名前を記入する。返却日表示板、代本板など学校の図書室で実際に使われているプロ仕様のもので懐かしい。図書室では飲めなかったお酒とともに漫画の世界に没入したい。

・bar図書室
住所:東京都新宿区歌舞伎町1-1-10 2F
電話番号:03-3203-5043
営業時間:20:00~29:00
定休日:日曜日
URL:http://d.hatena.ne.jp/tosyositu/
※来店2回目以降、店内の本を2週間借りることができる。要図書カード記入。一部の本をのぞく

■シメは日本一敷居の低い文壇バー

プチ文壇バー 月に吠える 住所:東京都新宿区歌舞伎町1-1-10 新宿ゴールデン街G2通り 電話番号:080-8740-9958 営業時間:月〜木19:00〜24:00、金・土19:00〜29:00、日18:00〜24:00 定休日:不定休 ※来店2回目以降、店内の本を1ヶ月間借りることができる(c)Sayuri Kobayashi

 最後は、“日本一敷居の低い文壇バー”「月に吠える」。オーナーはフリージャーナリストの肥沼和之さん。自身がフリーで働き始めた頃、お金もコネもなく、仕事を得るのに苦労した経験から、そうした人々が気軽に情報交換、交流できる場を作ろうと2012年に店を構えたという。店名は萩原朔太郎の詩集タイトルから。来店客にはフリーのライターや編集者などのほか、それらを目指す人も多い。

 店内の本は、太宰治、中村文則などの小説、アレン・ギンズバーグの詩集、かと思えば工作絵本「あたらしいみかんのむきかた」など、さまざま。オーナーが自宅から運び込んだものにはじまり、アルバイトスタッフが置いているもの、来店客が持ってきたものが混在している。

オリジナルカクテル「印税生活」850円(c)Sayuri Kobayashi

 ユニークなのは、「印税生活」「締切前夜」といったオリジナルカクテル。前者はラムとコアントローに金粉をふりかけ、強いアルコールで印税生活の夢に酔うことができる。後者はカルーアをエナジードリンクで割ったもの。カフェインの覚醒作用と糖分による血糖値の上昇でハイになれそうだ。

・プチ文壇バー 月に吠える
住所:東京都新宿区歌舞伎町1-1-10 新宿ゴールデン街G2通り
電話番号:080-8740-9958
営業時間:月〜木19:00〜24:00、金・土19:00〜29:00、日18:00〜24:00
定休日:不定休
URL:http://bar.moonbark.net/
※来店2回目以降、店内の本を1ヶ月間借りることができる
 

 さて、ここまで4店舗を紹介してきたが、このような本を扱う店が魅力的に映る理由を考えてみたい。ひとつは「つながり」。人と人の直接的な結びつきが希薄になっているなか、こうした媒介があることでよりつながりやすくなるのではないか。一昔前よりそのにおいが薄れたとはいえ、社会で支配的な文化と異なるものを求めるサブカル志向の人々が集まるゴールデン街では、なおさらかもしれない。

 もうひとつは「ゲーム性」。2〜4番めの店は本の貸出をしている。近場の図書館や今や利用しやすくなった電子書籍があるわけだが、わざわざこの場で借りてまた返しに来るというのはそのプレイ自体を楽しんでいるように思える。

 ともあれ、興味のある世界へ誘ってくれる本への「没入感」をお酒がさらに高めてくれることは間違いない。(c)Sayuri Kobayashi/MODE PRESS