【8月22日 MODE PRESS】東京・日本橋にあるファッションデザイン学校「ここのがっこう(coconogacco)」が、国内では初めて英セント・マーチンズ(Central Saint Martins)との協同企画としてサマーコースを行った。8月1日から行われた5日間のカリキュラムを作ったのは「ここのがっこう」のファウンダーである山縣良和(Yoshikazu Yamagata)と、セント・マーチンズの卒業生であり現在同校で教鞭をとる西尾マリア(Maria Nishio)だ。

サマーコース受講者による作品(2016年8月5日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

■2つの学校の歴史的コラボ

「ここのがっこう」は、「リトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)」のデザイナーである山縣が2008年に設立した新しい教育機関で、今まで約400人の卒業生を世に送り出している。「ここ」とは自分のいる場所を示す「ここ」であると同時に、多数の中の一人ひとりを指す「個々」を意味する。

 ロンドン芸術大学のカレッジの一つであるセント・マーチンズは、世界最大の芸術大学。中でもファッションコースはジョン・ガリアーノ(John Galliano)やアレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)といった有名デザイナーを数多く輩出している。山縣はウィメンズウェアコースを首席で卒業し、ガリアーノの下で経験を積んだ。今回のプロジェクトは、デザイナーやキュレーターとしてヨーロッパでも高い評価を受ける山縣だからこそ実現したコースと言える。

「ここのがっこう」ファウンダーである山縣良和(2016年8月5日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

■まず、自分は何者なのか?

 今回のコースに参加した学生は16人。年齢も20~46歳までと幅広く、デザイン経験はさまざまだ。「ファッションデザインコミュニケーション」を大きな軸にしており、日英を織り交ぜた言語で授業を行う。「日本人デザイナーの感性は詩的でストーリー性がある。それをどうやって人に伝えていけるか、ということを教えていきたい」と山縣は語る。このコースでの最初の課題はマインドマップの製作。自分自身を表す英語のキーワードをつなげていくと、服とは一見無関係なことが、実は深く関わっていることに気づかされるのだという。

 山縣は、多くの大学・専門学校等で講師や特別講義を行ってきた。「日本のファッションスクールは洋裁学校の専門性という部分で成長してきた。パターンや縫製など学びたいものが決まっている人に対しては適した環境。だが決めかねている場合、そういった場所に当てはまらない学生はあぶれてしまう。だから『自分は何者なのか?どんな方法があるのか?』という部分で表現の選択の自由があることが重要だと思う」

「ここのがっこう」の教育はクリエーションに特化しており、「自分の強みや自分にしかできないことを浮き彫りにしていく作業が核となっている」と山縣は説明する。「クリエーションの原点を教えるのが一番の役割だ」

サマーコース受講者による作品(2016年8月5日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

■国際コンクールを制する者

「ここのがっこう」はいまや海外コンクールの常連だ。毎年イタリアで開催される欧州最大級のファッションコンクール「ITS(イッツ=International Talent Support)」では高いレベルのポートフォリオが求められるため、それまで日本のファッション教育機関から最終選考に残った人すらいなかった。だが2009年に、生徒である西山高士(Taksahi Nishiyama)が日本人初のファッション部門最優秀賞を受賞。その後、2012年のファイナリスト、諸永千亜希(Chiaki Moronaga)、2014年のジュエリー部門最高賞スワロフスキー賞受賞の中里周子(Noriko Nakazato)と快挙が続く。

「ほかの学校がやっていないことを掘り下げていったら素晴らしい結果につながった」と山縣はその勝因を語る。もちろんその実績から、世界からの注目も熱い。「イッツ」のファウンダーであるバーバラ・フランキン(Barbara Franchin)も「世界で最も注目すべき学校」として同校を推薦。またヴォーグ(Vogue)誌などを手がけるファッション・ジャーナリストのサラ・モーア(Sarah Mower)も推薦文を寄稿するほどのサポーターだ。

(左)卒業生である中里周子の作品。(c)Kana Miyota(右)中里のITS出展作品。(c)Brian Weiland

■日本一破天荒な教師?

 山縣自身、アヴァンギャルドなクリエーションで知られるデザイナーであり、その指導を求めてやってくる生徒も多い。生徒の1人である青沼未央(Mio Aonuma、33歳)は「山縣さんはどんなジャンルのことに対しても受け皿が広くて、新しい視点を広げてくれる。こんな良い経験はない」と笑みをこぼす。「本当は植物関係をデザインしたい。畑違いのように思えるけれど、考え方は一緒なんじゃないかと思ってこのコースを受けに来た」。そんなユニークな受講者が集まってくるのも「ここのがっこう」ならではの特色かもしれない。

「身近に教育者がいたこともあり、ずっと教育には興味があった」という山縣。イギリスから帰国後、「自分にしかできないことがあるかも」思って始めたのが、「教える」という仕事だったという。もはや教育は、ファッションデザインと同等に山縣のライフワークの一部となっている。卒業生とも良いコミュニティが生まれており、「生徒から仕事をもらうこともある」と山縣は笑う。

(左)妖怪をテーマにしたwrittenafterwards16-17AWコレクション。(c)Norifumi Fukuda(右)七”服”神のルックで話題となった12-13SSコレクション。

■「当たり前」が壊れる時代

 現在のファッション界について、西尾は「今あるファッションシステムが限界にきている時代。新しいシステム作りは世界で共通している課題なので、若いデザイナーたちにとってはチャンスでもある。クリエイティブであれば服作りに限らず、ビジネスや生活面でも新たな考え方を生み出すことができる」と期待。山縣は「若手デザイナーたちには新しい生き方を作っていってほしいというのが一番の願い。既存の『デザイナー』という形だけでなく、あらゆる可能性があると僕は思っている。厳しいかもしれないが、そこに向き合ってぶつかっていってほしい」とエールを送る。

 彼らが提唱するような、概念にとらわれない物作りが世界を変えていく。「ここのがっこう」はこれからも唯一無二な才能を世界へと羽ばたかせていくのだろう。新しいクリエーション、新しい生き方はまさに「ここ」から誕生しようとしている。

■関連情報
・ここのがっこう 公式サイト:http://www.coconogacco.com/
・リトゥンアフターワーズ 公式サイト:http://www.writtenafterwards.com/
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