【11月29日 marie claire style】バイオテクノロジーによって、太古の恐竜たちが現代に蘇る──と聞けば、多くの人が映画「ジュラシック・パーク」シリーズを思い浮かべるはず。タイトルにあるジュラシックとは、恐竜が生息していた約1億9960万~1億4550万年前のジュラ紀を意味します。その語源となったのが、当時の特徴的な地質が残るスイス西北部に位置するジュラ山脈。そして山脈周辺のジュラ地方と、その山間のジュウ渓谷の町には、多くの時計ブランドが集結しています。冬には、深い雪に閉ざされるエリア。農閑期となるこの時期、住民らはかつて部屋にこもって機械式時計のパーツを副業として製作していました。16世紀半ば、ジュネーブで萌芽したスイス時計産業は17~19世紀、ジュラ地方やジュウ渓谷の人々の手仕事で大きな発展を遂げたのです。そして技術力や商才に長けた人が、時計工房を同地に興し、今日へと至るブランドに成長させていきました。

 そうしたジュラ地方における時計産業の歴史を語るうえで、「ロンジン」は欠かせぬ存在です。1832年、ジュラ地方の町サンティミエに小さな時計組み立て工房として創業。そして1867年に工場を開設し、家内制手工業が主であった同地の時計製作を一つの産業として確立させたのです。そんな「ロンジン」の機械式時計は19世紀末から20世紀初頭にかけ、様々な冒険家を正確な時刻表示でサポートしてきました。1904年のJ・E・バーニー隊長による429日に及ぶ北極探検、1927年にチャールズ・リンドバーグが達成した大西洋無着陸横断飛行などなど。

 このどこかノスタルジックな「プレザンス ヘリテージ」は、メゾンが1920年代に製作したモデルをモチーフにしています。柔らかなアラビア数字の書体や先端にリングを持つブルーの針などは、今も多くのブランドが用いる普遍のスタイル。精緻な自動巻きムーブメントとともに「ロンジン」の、そしてジュラ地方の時計製作の歴史を今に語り継ぎます。

■プロフィール
髙木教雄(Norio Takagi)
1962年生まれ。ライター。時計を中心に建築やインテリア、テーブルウェアといった「ライフスタイルプロダクト」を取材対象に専門誌や雑誌で幅広く執筆。スイスの新作時計発表会の取材も、99年より継続して取り組んでいる。独立時計師フランソワ・ポール・ジュルヌ著『偏屈のすすめ。』(幻冬舎)の監修・解説も担当。

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(c)marie claire style/selection, text: Norio Takagi