【11月27日 marie claire style】レスリー・チャンとトニー・レオン主演のウォン・カーウァイ監督の傑作『ブエノスアイレス』が公開されて20年経つ。香港からアルゼンチンのブエノスアイレスにやってきたウィンとファイ。地球の裏側で彷徨い、別れと再会を繰り返し傷つけ合いながら愛の存在を探り合う愛憎劇だった。独自性の強い世界観で知られるウォン・カーウァイは音楽のセンスも群を抜いて素晴らしい。既成楽曲を選曲し構成される彼の映画音楽はどれも記憶に残るものばかりだ。特に『ブエノスアイレス』で流れるアストル・ピアソラの楽曲は忘れがたいものだった。劇中何度も繰り返しかかる主人公のテーマともいえる曲「Prologue(Tango Apasionado)」は、愛を渇望する主人公の感情をバンドネオンが奏でるせつないメロディで浮き彫りにした。炊事場の狭い空間で抱き合いながら踊る印象的な場面では、「Finale(Tango Apasionado)」が記憶に残る美しい情景に昇華させた。

 私が舞台化した藤沢周氏の芥川賞小説『ブエノスアイレス午前零時』は、ピアソラの楽曲「ブエノスアイレス午前零時(Buenos Aires Hora Cero)」から連想された作品だった。人生に失望し東京から新潟の温泉町に帰郷してきたカザマという男が、社交ダンスツアーの団体客の中にいた目の不自由な老婆ミツコと出会う。ミツコはブエノスアイレスにいる恋人の話を語る。その虚言めいた話を聞くうちにカザマはミツコの光を失った瞳の奥に取りこまれてしまう。そんな幻想的な物語である。雪深い新潟の温泉町の川辺で温泉卵をゆでる男の孤独を藤沢氏はピアソラの「天使のミロンガ(Milonga del Ángel)」を聴きながら書いたと言っていた。私もピアソラの激しくもせつないメロディに誘われながら未だ見ぬ場面を想像し、舞台の演出プランを練った。

 アルゼンチン・タンゴの領域を越え新しいタンゴを作り上げたピアソラ。世界中で愛されたピアソラのドキュメンタリー映画『ピアソラ 永遠のリベルタンゴ』を観て、あの心に突き刺さる数多くの名曲がどんな背景で生まれたのか、ピアソラという人間の真の姿はどんなものだったのかを知った。ピアソラの息子の語りによって、父であるピアソラの人間性と、芸術家としてのピアソラの苦悩が描かれる。クラシックやジャズの要素を取り入れたピアソラの革新的なタンゴは"ヌエヴォ・タンゴ"と呼ばれ、従来のタンゴの域を大きく超越したものだった。しかし、タンゴを純粋に支持する者たちや評論家に徹底的に非難され、ピアソラは「タンゴの暗殺者、堕落者、殺人者」と呼ばれた。彼が独自のスタイルを極めるには故郷を捨てる覚悟が必要だった。子供の頃に住んだニューヨークにピアソラは渡ったが、そこでも冷遇されてしまう。新しい表現はなかなか認められるものではなかったが、踊るための伴奏音楽だったタンゴを主奏に変える改革をピアソラは諦めなかった。やがてヨーロッパに渡り認められていくが、それでも祖国では批判された。その後、ピアソラは20世紀の稀代の作曲家として名声を得るが、それでも彼は渇望し続けた。そんな怒りをもって作品に昇華させるピアソラの姿こそ真の表現者だと思った。敵視されてもブエノスアイレスに舞い戻り、祖国で一番のコロン劇場でオーケストラをバックに演奏した。アストル・ピアソラのバンドネオンが作り出す哀しげな旋律に魅了されるのは、孤独を背負った彼の人生とその生き方にあった。私はその魂を燃やすピアソラの光と影に心を打たれた。

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回釡山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひと サバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』が公開された。最新映画は、岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』。

■関連情報
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(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada