【5月31日 marie claire style】1985年、オランダ・フリースラント州生まれ。高校卒業後、自身の写真をモデル事務所に送ったことがきっかけで、モデルとしての道を歩み始める。2005年、イタリア版『VOGUE』の表紙を飾り、ブレイク。同年、「カルバン・クライン」の香水のキャンペーンモデルに起用され一躍トップモデルに。ランウェイでも「ヴァレンティノ」や「イヴ・サンローラン」などのスーパーブランドを中心にショーに登場。08年以来、『フォーブス』誌による「最も稼いだモデル」ランキングにランクイン、15年には4位となる。また、「ヴィクトリアズ・シークレット」では、08年から14年まで、エンジェルの一員として常に注目を集めていた。世代を超えて輝き続ける世界のファッションミューズ、ドウツェン・クロースの素顔に迫る。

身体も心もナチュラルに美しく。過去には「ヴィクトリアズ・シークレット」のエンジェルとして大活躍し、モデルとして世界的に成功を収めているドウツェン・クロース。現在、33歳となったドウツェンは夫であるDJ・音楽プロデューサーのサネリー・ジェームズとの間に2児を授かり、モデルとしてはもちろん、慈善事業や女優としても活躍の幅を広げている。

 人口約1600人のオランダの小さな村、エアステルマルで、元スピードスケート選手だった両親の元でのびのびと育ったドウツェン。学校までの往復25kmを自転車で通い、いつも外で駆け回り、まるで男の子のようだったと子供時代を振り返る。外見を気にしたことなどなかったという彼女。両親からの影響で10代の時にはスピードスケート選手になるのが夢だった。

 自然に囲まれた環境の中で、ソーシャルメディアもファッション誌に触れることもほとんどなく、モデルになることを当時は真剣に考えていなかったものの、自らアムステルダムのモデル事務所に写真を送り、モデルとしてキャリアをスタートさせる。スケート、サイクリングで鍛えられた美しい身体のライン、ウルトラマリンのように深いブルーの瞳、美しくたなびくブロンドヘアを持つドウツェンはオランダの小さな村を飛び出し、大都会ニューヨークへ。ワイルドなトムボーイから世界的なスーパーモデルへと急成長していく。

 2008年以来、『フォーブス』誌による「最も稼いだモデル」ランキングで常に上位をマークしていたドウツェン。「ヴィクトリアズ・シークレット」のショーでは14年までの7年間、鍛え上げられた崇高なボディーラインでオーディエンスを魅了した。オランダ版の『marie claire』では自身のライフスタイルについてコラムを1年間にわたって連載。560万人以上のフォロワーを獲得しているインスタグラムでは自然体の彼女、そして充実したプライベート・ライフに注目が集まっている。家族を第一優先しながら、日々のトレーニングに励み、食に関しても妥協を許さないストイックな姿勢で、プロフェッショナルなモデルとして活躍する彼女が次にタッグを組んだのは、常に革新的なデザインを生み出すブランド「ピアジェ」。フォトグラファーデュオとして多くの著名人を手がけてきたマート&マーカスが撮影を担当し、バカンスムード溢れるイビサ島でドウツェンは人気コレクション"ポセション"を身に纏い、エレガントで自信に満ちた自立した女性=「ピアジェ」ウーマンを全身で表現している。「きちんと自分の人生を見つめている自立した女性、ピアジェの"ポセション"キャンペーンは私がなりたい女性像そのものなんです」

 ブランドの世界観との共通点について彼女はこう語る。「私の場合は、特に家族が大事。子供達、夫のことを何よりも大切にしています。そういった自分で選んだ人生を歩めていることをとても幸せに思っています。その点はブランドのフィロソフィーと自分に親和性を感じます」

 自分で選択した人生を歩める幸せを何かに還元したい。彼女はモデルとしての知名度を生かし、慈善活動にも積極的に取り組むようになる。「子供たちに向けHIV、エイズの認識を深めてもらう"dance4life"というチャリティー、そして世界中の女性や少女たちの権利を守る"Women’s Rights"活動。さらに2年前にはじめた象の現状認知と保護基金を募る"Knot on my Planet"での活動に取り組んでいます」。ソーシャルメディアを通じ、こういったチャリティー活動に自ら取り組むことで、より多くの人々に影響を与えられることを願うドウツェン。きっとこれからも彼女は内面から溢れ出す輝きと共に大切なメッセージを私たちに伝えてくれることだろう。

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(c)marie claire style/text: Sumire Taya