【11月30日 marie claire style】1957年、フランス・ヴァール県ガッサン生まれ。75年よりモデルのキャリアをスタート。83年から「シャネル」のデザイナー、カール・ラガーフェルドのミューズとしておよそ8年間活躍。同メゾンの世界各国で展開されたPRキャンペーンは大成功を収め、トップモデルとして人気を博した。90年には自身のブランド「イネス・ド・ラ・フレサンジュ」を立ち上げ、クリエイティブディレクターに就任。パリジェンヌシックの代名詞ともいわれたセンスで、雑貨や洋服を扱う店をパリのモンテーニュ通りにオープン。また、毎シーズン話題の「ユニクロ」とのコラボレーションは今季で8シーズン目を迎える。ますます注目の集まる世界のファッションアイコン、イネスの素顔に迫る。

「ひとをしあわせにしてあげられたらいいな、っていつも思うの。何気ない一言で、憂鬱な気分がすっかり吹っ飛んでしまうように、ほんの些細なことで、ひとは気分転換ができると思うの」

 世界の女性たちに、パリジェンヌのエレガンスを伝え、60歳になった現在も、一段と魅力的にみえるイネス・ド・ラ・フレサンジュとは、彼女がデザインを手掛けている老舗の高級シューズ・ブランド「ロジェ ヴィヴィエ」で会うことになった。

「たとえばこんな話があるの。私の知り合いの精神分析の医師が話してくれたけど、相談にきた女性患者が、自分の深刻な悩みを話している最中に、ふと医師の履いていた靴に目を留め、その素敵な靴はどこの? ときいたそうよ。そういう風に、何気なく話の切っ掛けになるだけでもいいの」

 ちなみにその時、精神分析の医師が履いていたのは、ジャクリーン・ケネディも手放さなかったという「ロジェ ヴィヴィエ」のリボンバックルの付いた黒いフラットシューズだったという。

「あの黒いフラットシューズはね、『エルメス』のケリーバッグと同じように、どんなものを着ていても、あの靴を履くだけで全体のイメージがすっかり一変するのよ」

 イネスは、地中海に面したヴァール県のガッサンで、1957年に名門貴族のフレサンジュ伯爵家で生まれている。母はアルゼンチン出身のモデルだったそうだが、少女の頃からイネスも、漠然とモデルになりたい、と思っていたようだ。17歳になるとバカロレア(大学入学資格)を手にしてパリへ向かい、1年も経たない間に、一流のカメラマンと仕事をするようになっていた。

 個性的な美貌というだけでなく、彼女の場合はそのコミュニケーション能力が優れていたことも、成功の一因だったに違いない。それまでのモデルは、美しい人形のように、ただスタジオで黙ってポーズを取っていたが、イネスは革新的だった。気取らず、気さくにスタジオスタッフに話しかけていた。そうした開放的な性格に魅了されたのが、カール・ラガーフェルドであり、83年には「シャネル」の専属モデルになっていた。スーパーモデルの時代が到来すると先頭に立ち、トップまで駆け上がっていく。その後モデルを辞めてからも、今度はデザイナーとして再び脚光を浴びるようになった。

「子供の頃、母と私はとても仲がよかったから、ふたりの娘にも、明るい家庭を持ってほしいと思っているの」 イネスは唐突に家族のことを話し始めた。

 一般的にキャリアの面では大成功を収めても、その分、私生活で犠牲を払うものだが、イネスの場合はその両方を手に入れたようだ。

 現在のパートナーは高級官僚からメディア業界の辣腕経営者となったドニ・オリヴェンヌ。業界では知らない人がいない存在で、彼女の3歳年下だという。彼は前妻との間に、3人の息子がいるので、イネスの方と合わせると、現在は7人家族になっている。フランス語では「ファミーユ・ルコンポゼ」といわれ、お互いに子供を連れて、新しい家族を作るのはフランスではよくあることだ。最初のイタリア人の夫と死別したイネスは、50代初めに熱烈な恋をして、今また新たな人生を踏み出そうとしている。夫と子供たちとの愛に満ちた環境で仕事と家庭に没頭している彼女は、その日もシンプルでエレガントな装いをしていた。

「このスタンドカラーの白いブラウスは、『ユニクロ』とのコラボレーションで、私がデザインしたもの。ストライプのワイドパンツは、日本のブランドのものなのよ」

 足元をみると、華やかなファーのサンダルだった。

「これはね、わざと外したのよ。スタイリングは調和がありすぎたら、つまらないでしょう?」

 悪戯っぽい目が、笑っていた。

「みんなにいっているの。ドレスも靴も、100着も100足もいらないって。少しでいいの。必要なものだけ。無駄なものは買わずにその分貯金をして、最高のものを買ったらどうかしらって。一点持っているだけで、全体が変わるのよ。それにクローゼットの中に色んなものが入っていたら、選ぶのに時間がかかり過ぎると思わない?」

 日本での「ユニクロ」とのコラボレーションも好調で、今季からは従来のコレクションにメンズが加わっている。

 どうやらファッション界の達人は、その私生活からして、生き方の達人のようだった。

"Si je peux faire du bien pour ces femmes qui portent l souliers de Roge Vivier"
『「ロジェ・ヴィヴィエ」の靴をはいている女性たちによろこんでもらいたいの』
―――イネス・ド・ラ・フレサンジュ―――

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(c)marie claire style/text: Kasumiko Murakami