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【10月26日 marie claire style】毎シーズン、モードに精通した斬新な発想で話題を呼ぶ「NARS」。2017年ホリデーコレクションは、20世紀を代表するモダンアーティスト、マン・レイとのコラボレーションが実現。「NARS」の創設者でありクリエイティブディレクターでもあるフランソワ・ナーズの創造力を搔き立てたマン・レイとは? その偉大なる足跡を、フリージャーナリストのナターシャ・フレーザーさんが語る。

 ビューティー、ファッション、アートで成功するには、タイミング、才能、そして大胆さが欠かせません。この程、メーキャップアーティストブランド「NARS」が、マン・レイとのコラボレーションをポンピドゥー・センターで発表しました。パリのコケティッシュな女性らしさを見事に表現した、この2017年ホリデーコレクションは、煌びやかなラインナップを揃え、珠玉のコレクションに仕上がっています。

 アメリカが誇るメイクブランド、「NARS」の創設者は、フランソワ・ナーズ。「過去5年間で、アンディ・ウォーホル、ギイ・ブルダン、スティーヴン・クラインやサラ・ムーンともコラボしました」と語っている通り、これまでもクリエイティブなパートナーシップをたびたび組んできました。ニューヨークに拠点を置いて活動を続けるナーズ氏曰く、「いずれも個人的に敬愛するアーティストで、メーキャップアーティストとしても、写真家としても影響を受けた人々です」。なかでも今回のマン・レイとのコラボは完成度が高く、一際眩い輝きを放っています。

 1920年代、パリのモンパルナスに花開いた文化に、すっかり魅了されたナーズ氏。「幼い頃にマン・レイの写真を見た記憶はあるものの、彼の仕事に触れたのは、19歳でパリに引っ越した頃です。マン・レイやピカソなど、当時の芸術家たちが通った場所を実際に訪れて、『ラ・クローズリー・デ・リラ』やモンパルナス界隈、サン・ジェルマン・デ・プレに足繁く通い、マン・レイが過ごしたパリを巡ることで、彼の世界と芸術への理解が深まっていった」と語っています。

 パリで活躍したマン・レイですが、実はフィラデルフィア出身のアメリカ人。1890年生まれで本名はエマニュエル・ラドニツキー。反ユダヤ主義の台頭により、両親は苗字を「レイ」に改名し、「マン」は本人が成人してから、長い実名を短くしたものだとか。ニューヨークにある国立デザインアカデミーとアート・スチューデンツ・リーグ美術学校で学んだ後、フェレル・スクールでも学びました。アーティストとして活動するきっかけとなったのは、1913年に見たアーモリー・ショーのマルセル・デュシャンの展示。「ショッキングでなければアートではない」とまで断言したフランスの作家とレイは意気投合、2人で意欲的な活動を繰り広げました。ダダイスム、キュビスム、シュールレアリスムなど実験的な創作に取り組み、2年後にはマン・レイが絵画と写真の初の個展を開きます。

「これまでにないものに取り組みたい」という気持ちを胸に、マン・レイはやがてパリに移住。モンパルナスに住み、画家のモデルやパフォーマーとして売れていたキキ・ド・モンパルナスと出会い、恋に落ちます。マン・レイの多くの作品や映像作品に 登場するキキは、1924年のポートレートが特に有名です。頭にターバンを巻いたキキの背中にf字をペイントした『アングルのヴァイオリン』(1)は、本来動きのある身体を、楽器という静的な物に見立てた、代表作の一つです。美術史に残るこの傑作は、画家のドミニク・アングルが1814年に描いた名画『グランド・オダリスク』に発想を得た見事な構図で、ご存じの方も多いでしょう。

 多くの偉大な芸術家と同じように、マン・レイもまた、「作品を通じて、人々を楽しませ、悩ませ、惑わせ、考えるきっかけを与えたい」と考えました。『アングルのヴァイオリン』をはじめ、彼の創作は、たちまち名声をもたらしました。マン・レイの研究者、ウェンディ・A・グロスマン氏曰く「マン・レイは因習などを打破するイコノクラストであり、カテゴリーや決まり事をことごとく嫌いました。彼が唯一受け入れたのは『反抗者』というスタンスで、この革新的な姿勢は彼の創作全般に共通している」と解釈しています。

 この姿勢を貫いたマン・レイはフランスのファッション界でたちまち売れっ子に。フリーランスのポートレートやコマーシャル写真家として成功を収めます。1922年、ガブリエッラ・ピカビアが、パリのクチュリエ、ポール・ポワレに彼を紹介します。レイはポワレに雇われ、その間「レイヨグラフ」という新たな撮影技術を発明することになります。

 レイヨグラフとは、いわばカメラを介さない撮影方法。被写体や物、ワイヤーのコイルなど円形のものを、印画紙の上に直接置いて感光させる方法です。この手法を用いることで、「線、色彩、質感、そしてなによりもセックスアピール」が、より直に伝わることを、発見したのです。

 レイの仕事ぶりに深く感心したポワレは、レイヨグラフをファッションの新たな表現方法として捉え、採用しました。美しさをミステリアスなオーラに包む写真家としてのレイの名声は、さらに高まります。古典的な美しさの代わりに、新しい美を提言したのです。モデルの顔にプラスティック製の涙を置いたり(2)、仏版『ヴォーグ』誌の依頼で制作した『ノワール・エ・ブランシュ』(3)では色白のモデルの顔と、黒のアフリカの仮面を並べるという意外な発想で、皆をあっと言わせました。女性2人の口元を接写した『ル・ベゼ』(4)も、意欲的な構図です。短かったり、ぼんやり見える顔や手のビジュアルなども、当時のフランスのモード界に多大な影響を及ぼしました。ランバン、ヴィオネ、スキャパレリにとって、マン・レイはアバンギャルドでありながらも、アートとモード、ビューティーの境界線を曖昧にすることで、新たなメインストリームを確立した存在だったのです。

 マン・レイは創造性溢れるアーティストでありながら、商業の大切さを十分理解した、希有な存在だったとも言えます(彼がアンディ・ウォーホルと、アメリカ出身のアーティスト同士として友好を深めたのも、頷けます)。作品の内容が挑発的であっても、その完成度の高さと満ち溢れる自信には、いつも圧倒されます。また、女性をこよなく愛する者として、年老いた女性の美しさを引き出す術も、身につけていました。1930年代、成熟期に達し、当時最も輝いていたココ・シャネルや、エルザ・スキャパレリ、ヘレナ・ルビンスタインなどが、レイにポートレートを依頼しています。彼は女性の魅力を引き立てる才能に長けていたのです。

 多くの著名人と浮き名を流したレイですが、彼を最も苦しめたのが、後にアメリカの代表的な女性写真家となるリー・ミラー(5)のようです。1929年、彼のアシスタントを務めたミラーは、まるでギリシャ神話に登場する女神のような美貌をたたえたブロンドで、彼女の中性的な身体、面長に映えるアーモンド形の目、すっと伸びた鼻、大きな口は、数々の写真に収められています。

 リー・ミラーの唇はマン・レイの代表的な絵画『天文台の時刻に:恋人たち』(6)(1936年)にも描かれています。届きそうで、届かない存在、とも取れるその描き方からは、ミラーの奔放な性格が伝わります。レイは彼女にたびたび情熱的な手紙を書いていますが、ミラーは彼から写真家としてのヒントを得ながらも、自由な生き方を手放すことはありませんでした。

 今回の「NARS」とマン・レイのコラボレーションのアートディレクターを務めたファビアン・バロンは、このミラーの唇をホリデーコレクションのメインテーマとして扱っています。メーキャップポーチ、アイシャドーのパッケージ、ボックスなどにも取り入れています。フランソワ・ナーズもご満悦のようで、「ファビアンは本当にいい仕事をしてくれた。彼は100%信頼できる素晴らしいアートディレクターで、彼と仕事ができることを幸運に思う」と語っています。

 ナーズ氏がマン・レイのファンであることは一目瞭然です。「彼の斬新でモダンな写真にはいつも圧倒される。彼は常に型破りなことに魅かれた写真家で、僕の『NARS』というブランドに近いものがあり、強く共感する。彼は時代の先端や、摩訶不思議な世界に魅かれていた。レイヨグラフといった彼の手法は当時革新的で、今でも新鮮だ」と、熱く語ってくれました。

「NARS」のマン・レイコレクションの楽しみの一つは、秘められたユーモアのセンスとでも言うのでしょう。例えば「Debauched(堕落)」(7)と銘打った2色入りのアイシャドーは、ブラックバイオレットとレッドシマーを組み合わせた、魅惑的なアイテム。他にも、誰にでも似合うと話題になったオーガズムシェードの小さなチークと口紅を組み合わせた「ラブトライアングル」(8)。また「Audacious(大胆)」(9)という名のリップのカラーは、ガーネット、バーガンディーなどが揃い、マン・レイの有名な作品『ノワール・エ・ブランシュ』のドーム形のケース入りです。個人的に最も魅かれたのが、「ラブ ゲーム アイシャドーパレット」(10)のしゃれたカラー。パッケージには、マン・レイのミューズで、初めてファッション誌に掲載されたグアドループ出身のモデル、アドリエンヌ・フィデリンの姿も見られます。

 遊び心溢れる「NARS」とマン・レイのコラボレーション。プロジェクトに関わったファビアン・バロン、ウェンディ・A・グロスマン、フランソワ・ナーズらクリエイター陣が楽しみながら制作に取り組む姿が目に浮かぶ内容で、他では見られないユニークで魅力溢れるラインナップに仕上がっています。フランソワ・ナーズの言う「マン・レイの挑発的なチャレンジング、クリエイティブ精神」が、そのまま伝わるコレクション。対象年齢にこだわらない、すべての女性が楽しめる、至極のギフトになることでしょう。

(c)marie claire style/photos: MANRay2015Trust/text: Natasha Fraser-Cavassoni

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