【9月14日 marie claire style】木漏れ日が差し込むサン・ルームのような心地よさ。ヴァージニア・アストレイの名を聞くたびに、あの微かな高揚感を思い出す。1980年代にロンドンにひっそりと舞い降り、フェアリーテイルを語るような無垢な歌声でイギリスの音楽史に足跡を残した。

 映画音楽の作曲家として活躍したエドウィン・アストレイを父に持ち、7歳からピアノ、10代でフルートを始め、ロンドンのギルドホール音楽演劇学校に進学したヴァージニア。サウス・ケンジントンの駅でバスキングに参加し、人前で演奏する楽しさを知った彼女は在学中に出会ったThe Dream Academyのケイト・セント・ジョンや、後にFun Boy Threeのディレクターとなるニッキー・ホランドと意気投合し、Ravishing Beautiesを結成する。正式なレコーディングアルバムは残していないが、耳の早いDJジョン・ピールに見出されたおかげで、ラジオ・セッションの音源でその当時の軌跡を聴くことができる。

 兄のジョンはエリック・クラプトンのプロデューサー、双子の姉カレンはThe Whoのピート・タウンゼントと結婚するなど、音楽とは切っても切り離せない環境の中で、ヴァージニアは自分の居場所を模索していく。クラシック畑で育った彼女はイギリスの田園風景を思わせる美しい旋律で、映画監督でありミュージシャンであるリチャード・ジョブソンのハートを摑む。そして彼女はリチャードに誘われ、セッションやポエトリー・リーディングにフルートとして参加するようになる。さらに、ベルギーのクレプスキュール、イギリスのラフ・トレード・レコードからソロアルバムをリリース。

 リチャードとの出会いをきっかけに、坂本龍一プロデュースで3枚目のソロアルバム『Hope In A Darkened Heart』もリリース(日本では2009年にアルバム『サム・スモール・ホープ』として復刻)。彼女の箱庭のような世界観は、商業的成功を獲得することはなかったが、当時アイドル的な人気を獲得していたJapanのデヴィッド・シルヴィアンが参加した「Some Small Hope」の神秘的なハーモニーは、後に多くのミュージシャン達に影響を与え、熱狂的なファンを生み出した。その後、第一線から退きながらも、時には詩人として、ハープやフルート奏者として創作活動を続けている。

 彼女の指先、声から紡がれる神秘的な音に耳を傾けていると心が洗われるような気持ちになる。悲しみや寂しさを感じた時には、彼女の存在を思い出してほしい。彼女の音が、暗闇に差し込む一筋の光のようにあなたの心を温めてくれるから。

■プロフィール
多屋澄礼(Sumire Taya)
1985年、東京都出身、京都在住。インディ・ポップという音楽ジャンルを軸にイラストレーター、ライター、DJとして雑誌や本などで執筆を手がける。女性DJグループ、Twee Grrrls Club主宰。レーベル&ショップ、Violet And Claireのオーナーとして、女性作家や海外の雑貨などをセレクト。2012年、Twee Grrrls Clubの著書として『インディ・ポップ・レッスン』を刊行。その後、アレクサ・チャン著『IT』の日本語版の翻訳を手がけ、15年には女性ミュージシャンのライフストーリーを綴った『フィメール・コンプレックス』、京都のガイドブックとして『New Kyoto京都おしゃれローカルガイド』を刊行。

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(c)marie claire style / selection, text, illustration: Sumire Taya