【5月25日 marie claire style】1980年代から現在に至るまで、全世界で7800万枚以上のアルバムを売り上げたシンガー、アニー・レノックス(Annie Lennox)。カルチャー・クラブのボーイ・ジョージ(Boy George)が女性のファッションを身にまといジェンダーを超えたその時代に、アニー・レノックスはベリーショートの髪をオレンジカラーに染め上げ、スーツを身にまとった。フェティシズムを感じさせるその姿で、男装の麗人として音楽界だけでなく、モード界にも衝撃を与えた。

 ロンドンのレストランでウェイトレスとして働いていたアニーは客としてやってきたデイヴ・スチュワート(Dave Stewart)にナンパされ、音楽の世界に引き込まれる。デイヴはアニーをトゥーリスツというバンドに加入させるものの、ふたりは同時に脱退。恋人関係も解消し、80年にユーリズミックスを結成する。恋人同志ではなくなっても、音楽に対する姿勢は確固たるものだった。アニーは、音楽的なパートナーとなったデイヴと対等に活動に取り組むことを誓った。その証しに男性のスーツを着て、髪をバッサリと切り、口調さえも男性的に振る舞うようになった。ビデオや写真の中のアニーは一見、同性愛者のように見えるが、実際は異性愛者であり、このスタイルは「男性さえも憧れずにはいられない力強い女性像を創る」という信念のもとで生み出された姿だった。時にはカトー・マスクとブラックのグローブでSM的なスタイルを披露。鋲や鉄をイメージさせるアニーのヴォーカルと前衛的なファッションが共鳴し、決して屈することのない、強靭な女性像を生み出すことに成功した。

 95年にマリリン・マンソン(Marilyn Manson)によってカバーされた「Sweet Dreams」はユーリズミックスの代表曲である。この曲の中でアニーは、性別を超えた究極の姿が存在する「甘い夢」を私たちに想像させてくれる。その甘い夢に夢中になったひとりにジャンポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)がいる。彼は2013年にアニー・レノックスのスタイルからインスパイアされたコレクションを発表した。

 ユーリズミックス解散後も、彼女はソロ・シンガーとして活動を続けている。その音楽活動と並行し、AIDSや貧困、社会的不義の撲滅活動に力を注いできた。ヘアカラーはナチュラルなものに、ファッションはカジュアルなものに推移しながらも、彼女のその強い意志は80年代に持っていたものよりも、経験と知識のおかげでより強く、そして美しいものへと成長した。

■プロフィール
多屋澄礼(Sumire Taya
1985年、東京都出身、京都在住。インディ・ポップという音楽ジャンルを軸にイラストレーター、ライター、DJとして雑誌や本などで執筆を手がける。女性DJグループ、Twee Grrrls Club主宰。レーベル&ショップ、Violet And Claireのオーナーとして、女性作家や海外の雑貨などをセレクト。2012年、Twee Grrrls Clubの著書として『インディ・ポップ・レッスン』を刊行。その後、アレクサ・チャン著『IT』の日本語版の翻訳を手がけ、15年には女性ミュージシャンのライフストーリーを綴った『フィメール・コンプレックス』、京都のガイドブックとして『New Kyoto京都おしゃれローカルガイド』を刊行。
■関連情報
girl about town アーカイブはこちら
【無料ダウンロード】marie claire style PDFマガジンをチェック!
(c)marie claire style / selection, text, illustration: Sumire Tay