■心電図が止まった瞬間に思ったこと

 作品の中に、父の姿はほぼ登場しない。だがそんな中で印象的なのは、亡くなる間際の心電図の写真だ。だんだんと振れが失われていく命の波形、その瞬間にシャッターを切ったことは、蜷川自身にとっても驚きだったという。「そこは写真家の欲というか。そんな意識もなく撮ってはいるが、その瞬間に『やっぱり(自分は)写真家なんだな』と思ったりした」。その作品は今回の作品群の中でもとくに印象深く、写真集の表四(裏表紙)にも選ばれている。

 また入院中の父の手を写した作品に関しては、写真集に入れるか最後まで悩んだという。「あまりにも語りすぎるというか、簡単にセンチメンタルな気分にさせられるから。そういうことをしないように今まで作品を作ってきたけれど、そんな自分の小さいこだわりより、『この写真集だったら入れてもいいかな』と思えた」。有名演出家と写真家という親子だが、垣間見える私生活での信頼関係とその愛情には深く胸を打たれる。

「蜷川実花 うつくしい日々」展会場にて(2017年5月11日撮影)。(c)MODE PRESS/Fuyuko Tsuji

■どれだけ思い返しても、父の人生は幸せだった

 亡くなって1年が経ち、蜷川の心境にも変化が生まれた。病に倒れてから、家族は時間をかけて心の準備をすることができたため、「一番いい形でゆっくり逝ってくれた。残された者は、穏やかな気持ちで見送れたのじゃないかなと思う。どれだけ思い返しても(父は)幸せな人生だったなって思えるので」とポジティブに振り返る。「今回、命日に展覧会も写真集もできて、自分の中では区切りになった。さらにまた前に進んでいこうという気になった」

 日本演劇界のトップを走り抜けた父の存在は、「やっぱり偉大で、凄かったなって思うことはたくさんある」と言う。「死はもちろん悲しいし、もっと喪失感があるかなと思っていたけど、『(命を)つないだ』っていう意識がけっこう大きい。昔からずっと人は生まれて死んできたのだなと体感して、自分の中で腑に落ちたので。そういう意味ではすごく幸せな感覚だった」

「蜷川実花 うつくしい日々」展会場にて(2017年5月11日撮影)。(c)MODE PRESS/Fuyuko Tsuji

■別れを体験した人たちと共有できたら

 蜷川が描いたテーマは普遍的であり、宿命的。だからこそ切実で、多くの人の共感を呼ぶ作品に仕上がっている。「今までの私の作品の積み上げ方とはまるで違うところから生まれた作品ではあるが、もしかしたらこれが代表作になるのではないか。自分で言うのもなんだが、良い本なのでいろんな方に見ていただけたらいいなと思う。世の中にはいろんな形の別れがたくさんあるので、その気分をみなさんと少しでも共有できたらいいな」

 死への悲しみはとめどない。だがそれでもなお世界は美しく切なく、愛にあふれている。あらゆる別れを体験した人たちに寄りそう、この眩い作品たちは、きっとその傷を癒し、抱きしめてくれることだろう。

「蜷川実花 うつくしい日々」展会場にて(2017年5月11日撮影)。(c)MODE PRESS/Fuyuko Tsuji

■展覧会概要
蜷川実花 うつくしい日々
会期:開催中~5月19日(会期中無休)
時間:11:00~17:00 ※水曜は20:00まで、入館は閉館時刻の30分前まで
会場:原美術館
東京都品川区北品川4-7-25
電話:03-3445-0651(代表)
料金:一般1,100円、大高生700円、小中生500円、原美術館メンバーは無料
※学期中の土曜日は小中高生の入館無料、20名以上の団体は1人100円引

■書籍概要
写真集「うつくしい日々」 1,800円(税抜)
河出書房新社、A4変型、80ページ、オールカラー

■関連情報
・原美術館 公式HP:www.haramuseum.or.jp
(c)MODE PRESS