【4月27日 marie claire style】1958年ゴッホ(Vincent Willem van Gogh)展が開かれ、中学生の私は、母に連れられ煙の出る汽車に乗り館山から東京に向かった。私はパラシュートのように裾の広がる、水色のコットンドレスを着て行った。その頃、地方都市に既製品は少なく、自分で生地を買い仕立屋さんに注文して作ってもらったドレスだ。だいぶお気に入りだったらしく、思い出の場面に何度も出てくる。

 母は印象派の絵が好きで、ルノワール(Pierre-Auguste Renoir)、モネ(Claude Monet)などの複製画を壁に飾っていたが、私はゴッホをよく知らなかった。長蛇の列に並んで初めて見た展覧会、その迫力ある絵に驚き感動した。

 後年、ゴッホの絵からヒントを得たイヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)の素晴らしいショーをパリで見た時、当時の展覧会が蘇った。

 都会では、エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)、ジーン・ヴィンセント(Gene Vincent)等のロックン・ロールが流行り、日劇ウェスタン カーニバルが開催されていた。東京に憧れた私は、たびたび遊びに行った。 

 どうしても東京に住みたくなり、親戚の家に住みたいと私は駄々をこねた。名目は良い高校に進学するということで・・・。

 大人たちは根負けし、やがて東京に住み始めた私は、母から仕送りを受けお小遣いが自由になり、映画館とジャズ喫茶に通い、手当たりしだい本を読んだ。  

 友人のお兄さんにチェット・ベイカー(Chet Baker)の『チェット・ベイカー・シングス(Chet Baker Sings)』を聞かされ、その中性的な甘い歌声とトランペットに衝撃を受け夢中になった。

 今年1月の日曜日、ビオのマルシェに買い物に行った帰り、我が家の近くにある映画館の前を通ると、チェット・ベイカーにそっくりのポスターが目に入った。近づいて見ると、『Born to Be Blue(ブルーに生まれついて)』とあり、私は買ってきた野菜を家に放り出し映画館に直行した。私が聞いていたのはチェットが大成功した50年代、映画はその後ドラッグに浸りトラブルを起こし、カムバックする70年代の話だ。暗闇でチェットのトランペットが流れてくると、胸がいっぱいになった。音楽は不思議、昔の曲を聞くと一瞬にしてその頃の心が戻ってくる。主演のイーサン・ホーク(Ethan Hawke)の演技が、素晴らしかった。