【2月9日 AFP】わずか25年前、荒廃した辺境の地で雇用もないハンガリーとの国境に近いオーストリアの町ギュッシング(Guessing)は、同国で最も貧しい場所の一つで、冷戦時代の「鉄のカーテン(Iron Curtain)」沿いの忘れられたフロンティアの一つだった。

 だが現在、人口4000人のこの町は、グリーンエネルギーの世界的なモデル都市となっている。2001年に欧州連合(EU)で初めて、すべての電力と熱を再生可能資源から生み出す自治体となったからだ。

「世界中がギュッシングのようになるべきだ」と、環境問題に熱心なオーストリア生まれの米俳優アーノルド・シュワルツェネッガー(Arnold Schwarzenegger)氏は2年前にギュッシングを訪れたときに述べた。

 いろいろな意味で、すべては「腐りかけの木材の山」から始まった、とエンジニアのラインホルト・コッホ(Reinhold Koch)氏は語る。同氏はギュッシングの劇的な変身の立役者の一人だ。

 ギュッシングには鉄道も高速道路もないが、あるものだけは大量にあった──森林、そして木材会社の残した木材の余りだ。

 コッホ氏はAFPの取材に「私たちが1990年代初頭にひどく貧しかった理由は、化石燃料を買うのに多額の出費をしていたからだ。その間、木材の切れ端は地面で腐るままにされていた」だが、「私は解決策が目の前にあることに気付いた。自分たちでエネルギーを生産して、お金を払わないで済ませることができるのだ」と語った。

 ギュッシングではまず、エネルギー予算を半減させるために公共の建物のすべては、断熱性能を高めて化石燃料の使用をやめた。

 そして1995年にオーストリアがEUに加盟したことで、ギュッシングは補助金を得て、木材を燃焼して熱を生むプラントを建造することができた。

「私たちは自分たちでエネルギーを生産することにより、電力を分散化し、それをまた地域に取り戻した」と、環境保全に熱心な政治家ペーター・バダース(Peter Vadasz)氏は言う。

 真の大きな前進があったのは2001年、ギュッシングがウィーン(Vienna)の科学者ヘルマン・ホフバウアー(Hermann Hofbauer)氏の助けを借りて、画期的なバイオマスプラントを稼働させたときだ。

 同氏は、木材を燃焼させるのではなく、クリーンなガスに変えることで電力を生み出すシステムを開発。これによって二酸化炭素(CO2)の排出量が大幅に削減された。

 この革新的な技術は、ギュッシングの環境に優しい経済的自立の夢をかなえただけでなく、ギュッシングに世界的な名声までもたらした。

 バイオマスプラントの燃料の大半は、寄木フローリングで同国最大手の2社から調達されている。近年、この2社を含めた企業50社が、まだ高速道路も鉄道も通っていないにもかかわらず、新たにギュッシングに拠点を置いた。(c)AFP/Nina LAMPARSKI