パネリスト
千葉康由氏 鈴木桃子氏 稲葉久之氏


稲葉久之氏(以下稲葉) みなさん初めまして、稲葉久之と申します。
私は以前、JICA海外協力隊員やJICA調査員、NGO職員として、アフリカに赴任していました。
その経験を活かして、本日は進行役を務めさせていただきます。
ここからのお時間は、視聴者の皆様から頂きました質問やコメントを、千葉さんと鈴木さんにお答えいただきながら、ディスカッションを進めて行きます。

 
【2020年世界報道写真大賞、その後】

稲葉 最初に、千葉さんにお話を伺います。今回のイベントの象徴的なイメージとして使わせていただいた写真ですが、2020年世界報道写真大賞を受賞された作品です。確かスーダンのハルツームで撮影されたのですね。

千葉康由氏(以下千葉) 実はこの受賞のおかげで、その後彼の人生でいろいろな展開がありました。2020年の撮影のあと、再度スーダンに取材に行く機会があって、彼の家族に会うことが出来ました。
彼のお父さんは口腔外科医、お母さんも歯科医師で、6人ぐらい兄弟いて、うち3人が医学生というとても優秀なご家族でした。
ただ、僕が訪ねたときは、彼はオランダの高校に留学してハルツームにはいませんでした。この写真がきっかけで、奨学金が集まったのです。
先日、オランダの記者が彼のその後の記事を書いてくれたのですが、彼はこれからアメリカの大学に進学を予定しているとの事でした。
彼は将来「大学ではこれから国際政治の分野を学んで、ゆくゆくはスーダンに戻って政治のリーダーになって行きたい」と話していました。写真というのは、JICAの活動ように、直接何かを支援したりすることは出来ないのですが、一枚の写真をきっかけに人生が変わってゆく事があるのです。
この写真の受賞を契機にして、彼のその後の成長を知ることが出来て、僕自身も励みになりました。
彼自身が将来スーダンに戻って、この国の何かをもし変えることが出来るようになったら、この写真の本当の意味が生まれると思っています

世界報道写真大賞を受賞したAFPの千葉康由氏の写真。スーダンの首都ハルツームで、携帯電話のライトに照らされながら抗議の詩を暗唱する若者を写している(2019年6月19日撮影)。(c)Yasuyoshi CHIBA / AFP
 
【国際協力の難しさ】

稲葉 「現地で求める支援と支援する側の内容がずれているような感じがします。この事についてどういうふうにお感じになりますか?さらにアフリカにいらっしゃる中で、現地で千葉さんがこう日常人々と接する中で感じられていることはなんですか。」という質問ついて、千葉さん如何でしょうか。

千葉 援助ということに関して、個人的な範囲でしか語れないのですが、彼らが経済的に困難な情況に直面した場合、まず外国人の私に依頼がきます。「お金を出してほしい」とかですね。そういう時、最初は正直に対応していましたが、今、私はそれを断っても問題ないというふうに感じています。
アフリカでは、彼ら自身のコミュニティでその困窮情況を何とかしてしまうところがあるんです。例えばこの間も私の友人がコロナで入院して150万円の請求が来た、助けてくれないかというわけです。しかし「150万円。そんな急に言われても僕には無理です」という話です。
しかしその後3日後には彼が支払いを終えていたのです。急な出費が必要な時は、アフリカでは仲間達やコミュニティに投げかけます。そうすると彼らはお金を出しあうわけです。その時に出しますけれども、実際、自分が困窮したときに、今度はその人たちから援助が受けられるわけです。相互的に助け合うシステムが成立しているのです。
外国人である自分の立場として、どの時に援助するお金を出すべきなのかと細かく考えながら、僕は現地の人たちと付き合っています。

稲葉 私たち日本人とか先進国の人たちの幸せというものを一方的に押し付けてしまうことで、むしろ経済的な格差を余計に認識させてしまう。自覚させてしまう、不幸にしてしまうようなリスクが生じることもあります。
衛生面、教育の分野での支援は必要だと思いますが、千葉さんのお話があったように、なんでも支援をすれば良いということではなくて、現地の人々の中にあるシステムとか助け合いを不用意に奪ってしまうようなことは、逆にその社会を壊してしまう可能性も含んでいます。
この問題に関して、国際協力の中にいらっしゃる鈴木さんはジレンマというか、難しさを体験されていると思いますが、いかがですか?

鈴木桃子氏(以下鈴木) はい。大変鋭い質問ですね。JICAはODA実施機関ですので、相手国政府と日本政府この取り決めの中で協力を行っています。相手国の開発政策の中に入ってきているかが重要です。
我々のパートナー国のオーナーシップを尊重して、協力を行うことはとても重要です。そういう開発政策の中に入って優先度の高い案件をJICAとして実施して行きたいというふうに考えています。
さらに、協力の内容によりますが、協力を受け取る住民側の本当のニーズと、開発政策が合致しているのかという難しい問題もあります。
我々が案件を形成して行く中で調査をしますが、その中でギャップが生じていないか。仮にギャップが生じてしているとすると、どういう緩和策があるかを検討しながら案件を形成しています。

稲葉 私自身もJICA海外協力隊としてセネガルの田舎で活動をしていましたが、日本人の私から見ると、困ってるんじゃないだろうかとか、ここにはこんな施策をしたらいいのではという思い込みを持ってしまいます。
しかし現地の人たちは特に問題意識を持たない、もしくは自分たちなりのやり方を持って対応しようとしている姿がありました。
現地の人たちの中でどんな事ができるのかと試行錯誤しながら、2年間を過ごしていました。
こちら側の先入観を持つことなく、現地の人たちとまっすぐに向き合うことが重要です。

 
【開発途上国の魅力】

稲葉 さて、「開発途上国の魅力ですとか、実際に現地の状況の中で何か学んだことがあったらお聞きしたい」という質問が来ています。

鈴木 そうですね。まず開発途上国の発展の度合は非常にダイナミックで、変化が非常に速いと感じますね。

日本では経済成長が停滞していることもあり、この10年で急激な変化があったとは言えません。
しかしアフリカでは、10年であっという間に社会が変わっていきます。また変化を求めるスピードも速いです。
アフリカの人々としては、早く先進国並みになりたい、いい暮らしをしたいと思っています。それを早く実現したいという強い思いがあります。
そのダイナミックさが非常に面白いです。そういう意味でもアフリカの人々は生き生きしているなと感じています。

千葉 私の場合は、個人レベルの話になりますが、このアフリカにきて学んだ事の一つは「いい加減でいい」ということですね。求め過ぎないというところです。
日本人であると、やらなければいけない、頑張らなければならない脅迫観念にどうしても陥ってしまうことが多々あります。
アフリカの人たちは諦めているということも確かに半分はありますが、出来なくてもいいのではないか、必要以上に頑張らなくてもいいのではないかと考えて生活しています。
アフリカで生活していて、日本人でももう少し大らかに生きていけるのではと感じるようになりました。

 
【アフリカで学んだこと】

稲葉 最後の質問になります。「アフリカと向き合っていく中で、学んだこと、魅力についてお話を聞かせていただきたいです。そして、例えば仕事の面とかで気をつけているような事はなんですか?」
先ほどの鈴木さんのお話の中でもありましたが、改めてお聞きします。

鈴木 はい。一つは日本の考え方もしくは、日本の常識を常識と思わない、それを押し付けないことですね。
アフリカにはそれぞれの国のコンテキスト、考え方があります。まずは相手の話を聞くことがとても重要だと思います。
もう一つはオーナーシップというという話がありましたけれども、開発においてはこれが成功であるという典型的な例はないのです。最初のアプローチや、その過程、そして結果も相手国の責任になってしまうので、オーナーシップを尊重して、その国がどういう開発を進めていきたいのか、それを理解してJICAとしてサポートしていくことが重要だと考えています。

稲葉 最後に千葉さんに、フォトジャーナリストとして現場に向き合っている中で、ご自身が心がけていること、信条とされていることについてお聞きします。

千葉 アフリカだけに限定せず、自分自身で世界を見ると言うことですね。現代ではインターネットなど色々な情報が溢れ出ています。その中で現地に行ってみて、そして自分自身で見て感じる事の大切さですね。
AFPにはフェイクニュースを検証しているチームがいます。AFPファクトチェックというプロジェクトです。
そこでは色々な噂とかでデマ、写真が間違った形で公開されている、そういうことをすべて検証しています。
僕たち報道カメラマンは、現場に行ってそこでの出来事を正確に確認して写真を撮ることを心がけています。
本当の信頼を得るためには、その作業を一つ一つ行ってゆくしかないと思っています。

稲葉 今回は新型コロナ対策感染症予防の為に、オンラインでの実施となりました。
千葉さんが最後にお話されましたが、このコロナ禍の中で実際に現地に赴くということが非常に制限されています。ただ、その中でもオンラインツールを積極的に活用して、まさに今、日本にいる私と鈴木さんは、ナイロビにいる千葉さんとオンタイムでつながって、今回のセミナーを実施することが出来ています。この科学技術の進歩には感謝をしたいなとも思います。
一方で、やはり現地に赴いて、実際に自分の目で見たり感じたり触れたりする事の大切さも改めて感じました。
本日はたくさんの皆様にご参加いただきましてありがとうございました。
最後に千葉さん、鈴木さんからメッセージをいただきたいと思います。

千葉 皆さんが世界のなかで感じている疑問を、自分自身で実際に確かめるような方向に持って行って欲しいと願っています。
写真は直接的に何かを変えることは出来ません。しかし、一枚の写真がどなたかの頭の中に残っていて、その人が行動する契機になることがあります。それが写真の持つ力であって、深い意味があると思っています。そんなふうにして動いてくださることがあれば、私はとても嬉しいです。

鈴木 千葉さんが仰有っていた現地に行くということ、これは非常に重要だと思っています。
本日ご参加された若い世代の皆さんにも是非アフリカの現場を見ていただきたいと思っています。
JICAではインターン制度などもありますので、ご活用いただいてアフリカの現場を見ていただければと願っています。ご関心のある方は、ぜひJICAのホームページを見てください。

稲葉 千葉さん、鈴木さん、本日はありがとうございました。
ぜひ若い世代のみなさんがJICAの活動にご参加されて、海外の現場でいろんな経験を積んでいただきたいと、私自身もJICA海外協力隊のひとりのOBとして願っています。

稲葉久之 氏
南山大学大学院人間文化研究科教育ファシリテーション専攻修了。
教育ファシリテーション修士。

JICA海外協力隊、国際協力NGOでアフリカにて活動。まちづくりNPOを経てフリーランスとして独立。まちづくりや地方創生事業などさまざまなワークショップや研修事業を行っている。愛知淑徳大学、金城学院大学、名古屋外国語大学、日本福祉大学非常勤講師。