【5月6日 AFP】中東のパレスチナ自治区ガザ地区(Gaza Strip)の自宅で、生後間もない息子をあやしながら母親のイマン・クドラ(Iman al-Qudra)さんは思いをはせる。この子、ムジャヒドちゃんが父親に会うのは何年も先のことだろう。

 夫のモハンマド・クドラ(Mohammad al-Qudra)さんは2014年からイスラエルで収監されている。イマンさんが妊娠するためには、彼の精子を刑務所からひそかに持ち出し、体外受精(IVF)を行う必要があった。

 ここ数年、ガザ地区やイスラエル占領下のヨルダン川西岸(West Bank)では何人かの女性が、服役中の夫の精子を用いた体外受精に頼ってきた。難しい試みで、成功は保証されていない。イスラエルの刑務官らは、そんなことが可能かどうかさえ疑っていた。

 モハンマドさんの場合、同じ刑務所に入っていた別のパレスチナ人に託した。彼は出所日にモハンマドさんの精子をひそかに持ち出し、イスラエルに封鎖されているガザ地区の境界線を通り抜けた。

 仏トゥールーズ大学病院(University of Toulouse Hospital)のリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)専門家、ルイ・ブジャン(Louis Bujan)氏は、凍結保存の条件にかかわらず、精子がそのような移動に耐えることは「あり得ます」とAFPに語った。

「すべてを左右するのは精子の質」で、精液を容器の中で24時間以上保管しても精子は生存可能だという。

■「男の子が欲しかった」

 3回の体外受精の試みの末、イマンさんは2020年に身ごもった。刑務所にいる夫と最後に面会を許可されてから、5年がたっていた。

「夫が釈放される前に、妊娠できる年齢を越えてしまうのが怖かったのです」とイマンさんはAFPに打ち明けた。3人の娘は全員、モハンマドさんが収監される前に授かった。

 体外受精では男女の産み分けが可能だが、彼女は「男の子が欲しかったんです」と言った。

 ガザ市でイマンさんの体外受精を担当したのは、専門医のアブドルカリーム・ヒンダウィ(Abdelkarim al-Hindawi)氏だ。同市内で受刑者の妻たちの体外受精を何度か手掛けたという。

「普通はペンや小さな瓶に精液を入れて隠し、面会の際に手渡します」とヒンダウィ医師は述べた。釈放される同房者がこっそり持ち出す場合もある。ただし「12時間以内にここに持って来ないと使えません」。

 クリニック到着後、精子は凍結保存される。体外受精1回につき、かかる費用は2000ドル(約22万円)。貧困がまん延するガザでは相当な金額だ。

 ガザ南部ハンユニス(Khan Yunis)にあるクドラ家の壁には、軍服姿の若々しいモハンマドさんが旧式の武器を持つ写真が飾ってある。

 ガザ地区はイスラム原理主義組織ハマス(Hamas)の実効支配が始まった2007年から、イスラエルによって封鎖されている。ハマスの軍事部門の一員だったモハンマドさんは2014年、ガザでの戦闘中にイスラエル軍に捕らえられ、同組織に属していた罪で11年の禁錮刑を言い渡された。