【11月12日 AFP】息子が生まれたとき、私たちはアバン(Avan)と名付けた。豊かさと繁栄を意味する名前で、息子の人生の航路がそうなるようにと願った。だが1年後の今、私は思う。いったいどうしてそんな名前を息子に付けることができたのか。こんなにも破壊と荒廃のさなかにある惨めなわが国で、いったい誰が希望を持てるというのか。

 私はシリア北部出身のクルド人だ。何年もの間、この国の戦争をカメラに収めてきた。死と破壊、絶望と苦悩を見てきた。だがその都度、安全な家に帰って来た。クルド人は自治を手にしていたし、この地域でイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が打ち立てた「カリフ制国家」を米軍と共に打倒して以来、ここの人々はこの土地にずっと平和が続くだろうと勝手に夢を見ていた。何世紀にもわたって地域の大国間の権力闘争に巻き込まれてきた土地を持たない人々にとっては、大変な成果だ。

 実際、この世には、わずかながらも正義があると思ったときさえあった。ISの戦闘員らと闘う女性たちを撮影するときは、いつもそう思った。彼女たちの中にはかつてISの奴隷だった女性たちもいる。それが今や戦場で彼らに立ち向かい、打ち負かしている。それは正義であるように見えた。だが私は間違っており、軽率だった。

 ここ数週間で、われわれの世界はひっくり返されてしまったのだ。もはや正義などどこにもないと感じる。あらゆるものが不条理で無意味となった。ここ数日間で、私はこの宇宙の真理を教えられた。それは無関心という地獄の中で回転しているのだ。

トルコとの国境沿いにあるシリア北東部ハサケ県のクルド人の街ラスアルアインに近い、タルタメル郊外の道端に立つ女性。背後には、トルコ軍がシリア北部のクルド人自治区に侵攻した際、トルコ軍戦闘機の視界をさえぎるために燃やされたタイヤから黒煙が立ち上がっている。トルコの継続的、破壊的な攻撃に対し、国際的な非難が巻き起こっている(2019年10月16日撮影)。(c)AFP / Delil Souleima

 米国のドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領がわれわれの地域からの米軍撤退を命じてから、多くのクルド人がショック状態に陥っている。

トルコとの国境に近いシリア・ハサケ県のラスアルアイン郊外にある米軍主導の有志連合の基地の隣で、米軍装甲車を取り囲み、トルコの脅威に対する抗議デモを行うシリアのクルド人(2019年10月6日撮影)。(c)AFP / Delil Souleiman

 米軍はISという集団を打ち負かすためのクルド人のパートナーであっただけではなく、トルコに対する抑止力と見なされていた。クルド人の反乱と長年戦っているトルコは、クルド人戦闘員のいない地域を確立するために、シリア北部に軍を送り込みたがっていた。

シリア北部の街タルアブヤドで、地元の軍評議会の部隊と握手を交わす米軍主導の有志連合の兵士ら(2019年9月15日撮影)。(c)AFP / Delil Souleiman

 そしてトランプ氏の米軍撤退決定後、トルコ軍は部隊を送り込んできた。以降クルド人には、自分たちの街がやすやすと陥落しないよう、この領域を防衛するという以外のことを考える時間があまりない。米国は軍を撤退させ、約束を守らなかったのをわれわれは見た。クルド人戦闘員らは、最後の最後までとことん戦わなければならないと感じている。トルコとの戦闘に敗れた場合に彼らを待ち受ける運命を、生きて知ろうとは思わないという気持ちになっている。もはや自分たち以外に信用できる相手はいないのだ。

トルコ軍に対する戦闘参加の準備をするクルド人主体の民兵組織「シリア民主軍(SDF)」の特殊部隊のメンバー。シリア北部の街ハサケ付近で(2019年10月10日撮影)。(c)AFP / Delil Souleiman

 われわれクルド人は、テロリズムを撲滅するために何千人もの息子たちを差し出した。多くのクルド人は、自らの歴史を通じたこれまでの経験と同様に、トランプ大統領に裏切られたと感じている。

シリア北東部ハサケ県の地方部、タル・バイダル付近の道路を巡回する米軍車両(2019年10月12日撮影)。(c)AFP / Delil Souleiman
トルコ軍が開始したシリア北東部のクルド人支配地域に対する攻撃に参加し、シリアに越境する親トルコ派のシリア人戦闘員(2019年10月11日撮影)。(c)AFP / Nazeer Al-khatib

 私はどこかよそで起きている戦闘の写真を撮り、家へ休みに帰るのが常だった。だが今や戦闘と爆撃を目撃してから自分の家に帰って見いだすのは、同じ運命、同じ疲労感、同じ安心や安全の欠如だ。恐怖は寝床の中にさえも付きまとってくる。

 先日のこと、セレカニ(クルド名、Sari Kani、アラビア語名:ラスアルアイン、Ras al-Ain)での激しい戦闘の取材を終えて帰宅し、ドアを開けると息子が泣いていた。わが街が砲撃を受けたのが聞こえたのだ。そんな音を彼が聞いたのは、生まれて初めてだった。息子はとても怖がった。私の胸に抱かれ、頬の涙が乾くうち、息子はどうにか眠りに就いた。その夜、私は彼をずっと見つめていた。息子は目を覚まして泣き、おびえながらまた眠りに落ちた。

 私は息子の幸せを願っている。もしかすると運命がわれわれの時代よりももっと優しければ、彼は後からトルコの攻撃を生き永らえることがどれほど困難だったかを知ることになるかもしれない。自分たちの土地で暮らし、われわれの運命の悲しい叙事詩を謳歌(おうか)するという夢を打ち砕いたトルコの攻撃を。

トルコとの国境沿いのシリア北東部の街に対するトルコ軍の爆撃を逃れ、ハサケの街にたどり着いて涙を流すシリア人の少女(2019年10月10日撮影)。(c)AFP / Delil Souleiman

 コバニ(クルド名、Kobane、アラビア語名:アインアルアラブ、Ain al-Arab)からラッカ(Raqa)で、私がこれまでやってきたような戦闘の取材をすることになるとは想像もしなかった。今や戦争はわが家の玄関先にまで及んでおり、この家も数日中に空爆や砲撃で破壊されるかもしれないのだ。

 正直に言って、シリアのクルド人を世界が見て見ぬふりをするなど思いもよらなかった。人が死んでいく写真を撮るのはつらい。彼らの心は、自らの国が占領され、自分たちの墓石が破壊されるのを知りながら死んでいくために引き裂かれる。それは、トルコが昨年初めに制圧した、シリア北部のさらに西にあるクルド人が多数を占める地域、アフリン(Afrin)のクルド人墓場で起きたのと同様にだ。この土地には、クルド人が存在したことを示す墓石さえなくなるのだ。

トルコとの国境沿いにあるシリア北部の街ラスアルアイン一帯における、トルコ軍主導部隊とクルド人主体の民兵組織「シリア民主軍(SDF)」との戦闘から逃げて来たシリア人家族。シリアのアラブ人およびクルドの民間人とともにハサケ郊外のタルタメルの街に到着した(2019年10月15日撮影)。(c)AFP / Delil Souleiman

 クルド人は自分たちの運命に向かって歩みながら、失望の中に生きていると思っている。

 われわれに何が起きたのか、歴史は絶対に忘れないと私は思う。なぜなら歴史は繰り返されるからだ。歴史は敗北と失望に満ちており、息ができなくなるほど重々しいちりを運ぶ風のようだ。

シリア北東部のクルド人支配地域に対するトルコ軍の攻撃によって家を追われ、トラックの後部に座り込むシリア人たち。シリア北東部ハサケ県の地方部タルタメルで(2019年10月11日撮影)。(c)AFP / Delil Souleiman

 外出するとき、私はいつも妻に自らと息子を大事にするようにと告げる。私が戻らないかもしれないからだ。妻はいつも「なぜ死ぬことについて口にするの」と言い、泣き始める。こういった心の痛む記憶はいつまでも消えることはない。

トルコとの国境沿いにあるシリアの街ラスアルアインで、トルコ軍主導部隊との戦闘で死亡したクルド人主体の民兵組織「シリア民主軍(SDF)」戦闘員5人の葬儀の参列者。シリアのクルド人の街カミシリで(2019年10月14日撮影)。(c)AFP / Delil Souleiman

 戦争を取材するときは、いつも鮮やかに記憶に残る光景がある。今回もそうだ。兄弟の葬儀で踊る女性。彼女は頬に涙を伝わせながら、踊っていた。愛する人の墓の前で泣く少女。息子を埋葬し、これが最後の別れと知りながら土をかける父と母。

 別の日には、病院に運ばれた負傷者や死者の間で息子の遺体を探し回る母親の姿を見た。息子が見つかることを願いながら、死者の顔をすべて見て回っていた。最後に、彼女は崩れ落ちた。あえぎながら息子の名を呼んだ。その後、人々は母親に、彼女の息子は死んだが遺体を見つけることができなかったと伝えた。母親は、国境の町ラスアルアインの空爆で、息子の体が粉々になったことを聞かされた。

トルコとの国境沿いにあるシリアの街ラスアルアインで、トルコ軍主導部隊との戦闘で死亡したクルド人主体の民兵組織「シリア民主軍(SDF)」戦闘員5人の葬儀の参列者。シリアのクルド人の街カミシリで(2019年10月14日撮影)。(c)AFP / Delil Souleiman

 写真を撮りながら、目が涙でいっぱいになることが多くなった。たぶん自分が、ファインダーの中の人々と同じ運命を分かち合っているからだろう。

トルコとの国境沿いにあるシリアのクルド人の街ラスアルアイン郊外の家を追われ、タルタメル郊外の道路をオートバイに乗って逃げる一家。背後には、トルコ軍の越境攻撃時に、トルコ軍戦闘機の視界をさえぎるために燃やされたタイヤから黒煙が立ち上がっている。トルコの継続的、破壊的な攻撃に対し、国際的な非難が巻き起こっている(2019年10月16日撮影)。(c)AFP / Delil Souleiman

 私にはかなえたい夢や願いが数多くあった。だが今では、私を取り囲むすべてが悲惨な話だ。夢や願いは夜明けの風とともに消散したのだ。

 こうして言葉を書き連ねている私の指には冷たい風が絡みつく。家族と共に一生暮らしたいと願っていたこの土地には、未知の運命が待ち受けている。

このコラムはシリア・カミシリを拠点にフリーランスで活動するフォトグラファー、デリル・スレイマン(Delil Souleiman)氏が、AFPエジプト・カイロ支局のメナ・ザキ(Menna Zaki)記者、同キプロス・ニコシア支局のディラン・コリンズ(Dylan Collins)記者およびパリ本社のヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者と共同執筆し、10日19日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。

トルコとの国境沿いにあるシリア北部の街ラスアルアインから、家族とともに逃げて来た幼いシリア人少女。シリアのアラブ人やクルド人は、トルコ軍主導部隊とクルド人主体の民兵組織「シリア民主軍(SDF)」との戦闘地帯を離れ、ハサケ郊外のタルタメルの街に到着している(2019年10月15日撮影)。(c)AFP / Delil Souleiman