【1月19日 AFPBB News】6人の出演者全員が視覚や聴覚障害、脊椎損傷、精神疾患などを患うというドキュメンタリー劇「生きづらさを抱える人たちの物語」が18日、東京・豊島区の東京芸術劇場(Tokyo Metropolitan Theatre)で上演された。出演者はそれぞれ、もがきながらも前へ進もうとする自身の生き方を舞台の上で表現してみせた。

 同作は、米国ニューヨークを拠点に活躍する演出家、ピン・チョン(Ping Chong)氏が1992年から取り組む「アンデザイアブル・エレメンツ(Undesirable Elements)」シリーズの68作目。「アンデザイアブル〜」では、難民や戦争孤児といった、地域社会の辺縁に押しやられている人々を題材に、世界各地で上演してきた。

 チョン氏の演劇手法「ドキュメンタリー・シアター」とは、出演者から聞き取った体験を基に脚本を書き下ろし、出演者が自分自身を演じる舞台作品。今回の脚本は、出演者6人の誕生日から現在までを年代順にたどり、それぞれの実体験を重層的に織り込んでいる。2016年に神奈川県相模原市で起こった障害者殺傷事件や国会議員によるLGBT差別発言など、背景には関連する昨今の出来事も反映させている。

 チョン氏は、障害者への対応は国によって違いがあるものの、「生産性という切り口で人の価値を推し量ろうとする見方は、資本主義社会で共通している」と指摘。「人間の価値を、いったい誰のどんな基準で決めているのか」と全編を通じて繰り返し問いかける。

手をつなぎ合い、発声練習などウオーミングアップをする出演者たち(2019年1月9日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi

■「何も言わないままではわかってもらえない」

 24~65歳の6人の出演者は、応募者61人の中から、1人2時間を超えるインタビューを経て選ばれた。このうち、演劇の未経験者は5人。重視するのは、プロの俳優が演じる技術的なうまさより、自分のこととして語る現実感の強さだ。「皆、かなりの勇気を持って参加している」とチョン氏が言うように、大勢の観衆の前で自分をさらけ出し、自分と同じ境遇の人たちを代弁する覚悟で舞台に立っている。

 出演者の一人、ダンサーのHARMY(ハーミ―)さん(30、台東区在住)は、中枢神経系の疾患である難病の多発性硬化症を21歳の時に発症し、以来、記憶障害、注意障害に苦しんでいる。ダンサーなのに振り付けを覚えられない。気が付いたら知らない土地にいる、鍵を手にしているのに次の動作がわからないなど、日常生活にも困難をきたした。

 高校時代は新体操に打ち込み、キャプテンとして全国大会で2度の優勝に貢献した経験もある。「以前は努力次第で夢はかなうと思っていた。2年前に障害者手帳を取得したが、まだ今の自分を受け入れきれずにいる。でも、逃げてばかりいてはだめだ」と応募を決意した。

「何も言わないままではわかってもらえない。自分だけ特別に不幸なのだと思っていたら、変われない」と画家の岩本陽さん(37、埼玉県川口市在住)は、演劇未経験ながら本作に飛び込んだ一人だ。統合失調症と、女性として生まれたが心は男性である性別違和の「ダブルマイノリティー」だという。いじめを受けたことなど過去の記憶に、今も泣くことがあるというが、稽古中は無我夢中だ。

「障害という言葉は、人間の弱さを思い起こさせるから好きではない」

「障害」という言葉から連想することは何かと、出演者は舞台で絶えず問いかけられる。20代から徐々に視力を失っていった主婦の成田由利子さん(65、新宿区在住)は、音声読み上げソフトを使い、ノートに2文節ずつ書いてせりふを覚えた。全せりふの暗記は出演者に求められていない。しかし、成田さんはせりふのタイミングを計るため共演者のせりふも暗記し、舞台を引っ張る存在だ。

「6人それぞれがつらい経験を経て、ここに集まっている。私も死にたくなるほど落ち込んだけど、生きているからこそ共演できる。そう思うと鳥肌が立つ」とHARMYさんは言葉に力を込めた。

 生い立ちや経歴、障害の多様さは、「障害者」としてひとくくりにできるものではない。お互いの違いを認め、理解しようと努めることが、少しずつ「生きやすい」社会につながる。作品が見る者に問いかけている。「誰もが老いて、今できていることができなくなる。これは『彼ら』ではなく『私たち』の物語。『障害』は、『彼ら』ではなく『私たち』の問題」。舞台が観客を巻き込むことが、チョン氏の狙いだ。

 東京公演は20日まで。大阪公演は、北区のナレッジシアター(KNOWLEDGE THEATER)にて26、27日開催。(c)AFPBB News

舞台初日、楽屋で出演者に語りかける演出家のピン・チョン氏(右、2019年1月18日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi