【12月11日 AFP】英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット、Brexit)協定案をめぐり、テリーザ・メイ(Theresa May)首相は10日、翌日に予定されていた議会採決を延期すると発表した。正式離脱は来年3月に迫っており、英国が主要貿易相手国であるEUと何の合意もないまま離脱する可能性が高まりつつある。

 EU発足後にEUを脱退するのは英国が初めてで、EU離脱後にどんな世界が待ち受けるのか、誰にも分からない。英政府は離脱からの数日間に考え得る最悪の事態に備えるよう、国民に呼び掛けている。

■携帯電話:EUとの国際ローミングが中止に

 合意なき無秩序なブレグジットの影響を、英国民が真っ先に気付かされるのは携帯電話だろう。

 これまで英国の携帯電話事業者は、欧州大陸間との国際ローミングサービスを無料で提供してきたが、離脱後は初日から欧州大陸との通話や通信にも課金されるとみられる。

 英政府は特に北アイルランドの住民に対し、EU加盟国であるアイルランドとの国境に近づき過ぎて「知らぬ間に」有料ローミングが開始されないよう注意を呼び掛けている。

■ヒースローなど主要空港で混乱の恐れ

 ヒースロー(Heathrow)空港をはじめとする英国内の主要空港は、春の旅行シーズンの最中に大混乱に陥る恐れがある。

 英国の正式なEU離脱時刻、2019年3月29日のグリニッジ標準時(GMT)午後11時(日本時間30日午前8時)をもって、英国内の空港ではEUの航空会社に対する各種許可が失効し、その混乱は世界に波及するだろう。

 英政府は空港での混乱を防ぐため、EUの航空会社に対し離脱後も運航を続けられる特別許可を出すことを「想定」していると明らかにした上で、EU加盟27か国に対しても同様の措置を「期待している」としている。

■記入すべき書類が大量に

 離脱後は山のような量の書類に署名を求められることになる。

 EU企業と取引関係にある膨大な数の英国企業は、通関および税関手続きで申告書を大量に作成しなければならないだろう。

 英国の運転免許証がEU域内では無効になるため、英国人観光客がEUの国々でレンタカーを利用する場合は国際運転免許証が必要になるかもしれない。

 英国のペットたちも、新たに煩雑な行政手続きを経てパスポートを取得させられることになりそうだ。ペットだけでなく人間の方も、EUに渡航する際はパスポートの残存期間を確認しておいたほうがよい。6か月未満だと事前に更新が必要になる可能性があるからだ。

■医薬品不足の恐れ

 健康上、医薬品に頼って生活している人たちにとっては、より深刻な事態が懸念される。

 英保健当局は製薬企業に対し、国境で短期的に流通が混乱する事態に備えて、医薬品の緩衝在庫を現行の3か月分に加えて6週間分積み増すよう要請している。

 離脱後に施行される新規則の下でも、EUの製薬企業については医薬品の再試験を免除する方針だ。

■ネットショッピングにご注意!

 お気に入りのショッピングサイトでワンクリックするだけで買い物ができるネットショッピングも、ブレグジット後には魅力が薄れるかもしれない。

 英政府によれば、ネットショッピングの決済をユーロ建てで行う場合は、手数料増と手続きの長期化が見込まれるという。

 さらに商品の配送についても、一部の輸入税と売上税の免除が失効するとみられ、配送料が値上がりする可能性がある。

■高速鉄道でネット動画も見られない?

 英国から欧州に向かう高速鉄道ユーロスター(Eurostar)の車内で、到着までゆっくりと動画配信大手米ネットフリックス(Netflix)の最新ドラマを楽しもうとしても、これは難しくなるかもしれない。

 英国はEU離脱と共にEUの「デジタル単一市場(DSM)」域外となることから、英国民は理論上、音楽ストリーミング配信大手スポティファイ(Spotify)であれ、インターネット通販最大手米アマゾン・ドットコム(Amazon.com)の有料サービス、アマゾンプライム(Amazon Prime)であれ、あらゆるストリーミングサービスを欧州では利用できなくなる。

 さらに、EU域内における英鉄道会社の事業許可が離脱後は無効となり、ユーロスターの運行自体にもブレグジットの影響が及ぶ恐れがある。

■スコッチウイスキーやスティルトンチーズは?

 食の面で英国人の誇りといえば、ブルーチーズのスティルトンやスコッチウイスキーがある。ほかにも、英国伝統のミートパイであるコーニッシュ・パスティやメルトンモーブレー・ポークパイなども有名だ。

 こうした、特定の地域名を冠した食品や飲料について、EUは原産地名を保護する目的で「地理的表示(GI)」制度を設けている。英国産品についても86品目がGI対象で、これは英国の全飲料・食品輸出の4分の1を占める。

 しかし、EU離脱後はこれら86品目もGIの保護対象から外れる。その後の取り扱いは決まっていない。

■影響はたばこや精子、キャビアにも

 そのほかにもブレグジットの影響は、多数の業界や製品に及びそうだ。

 現在、英国のたばこのパッケージに印刷されている警告表示はEUが保護する画像であり、英国のたばこ業界は離脱後、独自に警告画像を採用することになる。

 不妊治療カップル向けにEU諸国から輸入する精子も、輸送が遅れたり輸入が停止されたりする恐れがある。

 キャビアも欠品が続出するかもしれない。英国はブレグジット後、EUが絶滅危惧種に関する規則に基づいて規制する物品の取引ができなくなるためだ。

 さらには、EU英国間で一流馬の移動が途絶えれば、競馬産業にも影響が及びかねない。(c)AFP/Dmitry ZAKS