【12月12日 AFPBB News】ワンルームの室内に堆積する大量のゴミ。体液で汚れたせんべい布団。入浴中に死亡し、その後も保温され続けた浴槽。壁に粘着テープで描かれた「ゴメン」の文字。ミニチュアの中に、「人」はいない。

 誰にもみとられずに亡くなり、発見までに数週間から数か月たった「孤独死」の現場が、金魚の水槽ほどの小さな箱の中に再現されている。清掃の仕事で目撃した現場を再現したものだ。

 制作したのは、遺品整理や事故物件の特殊清掃を手がける会社に勤める小島美羽(Miyu Kojima)さん(26)だ。「こういう現実があることを知らない人は多いけれど、孤独死は他人事ではないから」。入社以来、約5年間で目に焼き付いた場面をミニチュア作品として残してきた。これまでに6作を数え、現在は7作目を制作中だ。

男性が亡くなっていた部屋(2018年11月8日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi

■ゴミ屋敷、自殺、背景も異なるそれぞれの死

 小島さんは「遺品整理クリーンサービス」(東京・板橋区)の社員として、もちろん現場に出て清掃業務に従事している。入社2年目から、現場清掃を終えた後に会社に居残り、独学でこつこつとミニチュアを作るようになった。プラスチック、厚紙、布やパテなどをカッターやピンセットを使って造形する、細かい手作業の連続。リアリティーを出すため、現場に転がっていた空き瓶やお菓子の袋などを何度も縮小コピーして、コピー代や材料費に10万円以上かけたこともあるという。1作品が出来上がるまでに、3か月以上かかる。

 同社では、かねて清掃前後の家屋の様子や手順を撮影し、葬祭業界の展示会などで公開していたが、「写真だと目を背けたくなる人もいる。遺族も、さらし者にされている感覚があると思う」と感じた小島さんは、「伝える手段」としてミニチュアを選んだ。

 これまでに制作した6作品にはそれぞれテーマがあり、亡くなった部屋のあるじの状況も世代もさまざまだ。ミニチュアが再現しているのは、「ゴミ屋敷」、自殺した大学生の部屋、孤独死の部屋、孤独死ではないが遺品整理に訪れた現場などだ。「ゴミ屋敷」と化したワンルームに住んでいた女性は、ロフトから排せつ物を垂れ流していた。窓にハエが群がっていることに気づいた隣家が通報したころには、死後2か月ほどが経過していた。別の孤独死した男性が暮らしていた6畳の和室は、ちゃぶ台と薄型テレビのほかは目立った家財道具もなく、こざっぱりと片付いていた。布団の上で亡くなっているのを発見されたという。ロフトのはしごにロープを引っ掛け首つり自殺した大学生は、床に事前に用意したブルーシートを敷くという周到さだった。

 発見が遅れるのは、死亡した住人が、会社や親戚、友人らとのつきあいがなく社会から孤立していたという理由だけではない。異変をうすうす感じ取っていても、「関わりたくない。第一発見者になりたくない」という近隣住民の困惑も見え隠れしていると、小島さんは考えている。ペットに犬や猫を飼っていた故人もいたが、一時期盛んにほえたてていた犬の鳴き声が聞こえなくなり、発見時には、犬も餓死していたこともあった。

男性が住んでいた部屋。死後数か月たっていた(2018年11月8日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi

■父の死に直面、「私なら遺族の気持ちもわかる」

 小島さんが壮絶な現場をミニチュア作品で再現するのは、怖いもの見たさを満たすような好奇心のためではない。不慮の死を迎えた一人暮らしの人が、なるべく早く発見されるように願ってのことだ。

 遺品整理の仕事に飛び込んだ背景には、9年前に経験した父の死がある。父とは長らく別居しており、ある日、翌日には離婚届を出す覚悟を決めた母と共に父の住まいを訪ねたところ、廊下で倒れている父を見つけた。意識はすでになかった。脳卒中と診断され、最期は病院で家族でみとった。父とはいい思い出ばかりとは言えなかったが、それでも家族で一番仲が良かったのは自分だった。「父を避けずに、もっと話を聞いてあげればよかった」と後悔した。

 小島さんは当時、実家のある埼玉県で郵便局員として働いていた。父の死後に、遺品整理という仕事があることを偶然知った。興味本位でインターネットで調べるうちに、遺族の書き込みがある掲示板に行き当たった。そこには、清掃会社からの高額請求や、大家の心ない言葉に傷ついたことなどが記されてあった。

 読み進めるうちに、「お金のことしか考えていない業者がいる」と怒りがこみ上げた。「自分のように遺族側の気持ちがわかる人がいれば、少しはなぐさめになるかもしれない」。次第に職業として考えるようになり、2年間悩んだ末に、現在の勤務先を訪ねた。

清掃時に使うマスクを着用した小島美羽さん(2018年11月8日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi

■ミニチュアで、人の死を繊細に扱うこと学ぶ

 勤務先の会社では、月に200件近くの依頼を抱え、そのうちの1割は孤独死の現場という。熱意だけで続けられるものではない。入社5年目となる小島さんだが、いまだに14人の社員の中で最年少。若い人が入っても続かず、次々と辞めていく現実があるのだ。社長の増田裕次さんによると、「遺体を見ること以上に、残された部屋を見ることで精神的につらくなってしまう。いまは亡き部屋のあるじが、どうやってこの部屋で生きてきたのか考えてしまうからめいるんです」という。

 体力的、精神的にきついのは承知の上で入社したものの、小島さんもこれまでに幾度も辞めたいと考えたという。人間の「裏の顔」を垣間見たときは、特に辞めたいと思う。

「生前にもらう約束をしていた」と、土足で部屋に上がり遺品を物色していく人、大量のフィギュアを前に「これはいくらで売れる」と、声に出して値踏みする人もいた。遺族の面前にもかかわらず部屋のリニューアルを家主に持ち掛け、清掃費用以上を遺族に請求する管理会社もあった。

 自分の無力さを思い知る一方で、だからこそ、人の死を繊細に扱う事業者はこれからもっと必要になると感じている。「本当は話したい、聞いてほしいと思っている遺族が多い」。作業の手伝いを申し出てくれたり、故人の思い出を語り始めたりする遺族もいるという。

 小島さんが個人的に始めたミニチュア作りだが、現在は社内で業務の一環として認められており、新入社員などが現場の状況を学ぶための「教材」にもなっている。どんなに強烈な現場でも、記憶の中では薄れていく。ミニチュアを作ることで、さまざまな気配りや忍耐も必要な現場の細部を理解していく練習台になっている。(c)AFPBB News

大学生が亡くなったロフト付きワンルームなど(2018年11月8日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi