【10月31日 AFP】バレエというものは、ぜいたくな娯楽だとか、洗練されたエリートの人たちのものだとかいうイメージがある。多くの場合、そうかもしれない。しかし、豪華なマンションのすぐ横にスラム街があるなど、貧富の差が激しいことで知られるブラジルのリオデジャネイロでは、バレエの公演が披露される劇場は例外となっている。

 アールヌーボー様式の建物であるリオ市の市立劇場(Municipal Theater)は、街の中心部にある。20世紀初頭に、フランス・パリにあるガルニエ宮(Palais Garnier)をモデルとして建設された。公的資金で運営され、市民はわずか2ドル(約220円)で鑑賞チケットを購入することができる。世界でも有数のオペラハウスのような、豪華な大理石の装飾が施された中で、バレエの公演が行われている。

 しかし、そんな見た目とは裏腹に、ブラジルの経済危機による大きな被害がここにも及んだのだ。

 2017年、この市立劇場のバレエ団に所属するバレエダンサーたちは、その多くが食料支援を受け入れざるを得ない事態になった。中には、生活していくために配車サービスのウーバー(Uber)の運転手になった人もいた。バレエは、経済危機のあおりをまともに食らったのだ。

 2018年6月23日、市立劇場で今年初めての公演が開催されることになった。もう一度歴史あるこの劇場でバレエを披露することになり、集まったダンサーたちには高揚感と緊張感があふれていた。お互いに久しぶりに会った人もいた。

 ダンサーたちには、初回公演の夜の重要性が分かっていた。決意を新たにリハーサルを行い、細かいところも気にしながら繰り返し練習に励んだ。楽屋にも緊張感があふれていた。「私たちは舞台に戻ってきた──」。とにかく市民にそのことを知ってほしかったのだ。

 初回公演の幕が開いた。舞台袖の巨大なカーテンの後ろでは、ベテランのダンサーでさえ大きく深呼吸をしていた。これまでとは少し違ったプレッシャーのようだった。「十分やってこれたか?」「期待されている精度のレベルで完璧に踊ることができるのか?」

 オーケストラの演奏が始まり、1年ぶりに、ついにその時が来た。

 バレリーナの一人、マルゲリータ・トステス(Margueritta Tostes)さんは「舞台で最初のステップを踏んだら、すぐに泣きたくなりました。私たちはあまりにも長く舞台から離れていたんだなと思ったんです。けがや財政的に困難だったのが理由で、ここまでの道のりは本当に長かったです。仲間と一緒に再びここで踊れるということにホッとして、涙が出ました」と語った。

 幕が下りると、劇場は大きな拍手に包まれた。

 幕が下りた舞台上では、袖からダンサーたちが駆け寄り、大声を上げて泣き、そしてこの日を祝った。節度ある優雅な夜のクライマックスというよりも、むしろ、ブラジルサッカーの試合の決勝戦を見ているようだった。ジャージーやサッカーシューズの代わりに、ピンク色のバレエシューズと白のチュチュ姿のダンサーたちで舞台は埋め尽くされていた。

 ブラジルの人たちは、感情を思いのままに表現することで知られる。1年間待ち続け、抑えつけられていたフラストレーションとストレスが解き放たれたことで、ダンサーたちは感極まり、喜びを分かち合ったのだった。(c)AFP