【11月7日 AFP】始まりはただのうわさと、計算が合わない数字だった。私は口コミ旅行情報サイト「トリップアドバイザー(TripAdvisor)」のレビューを長時間かけて目を通し、世界最高峰エベレスト(Mount Everest)の周辺を何週間も歩き回った。しかし、ヘリコプター救助に関連する保険金詐欺について取材を開始したときには、それがネパール政府の調査で締めくくられ、よもや世界の保険会社が、ヒマラヤ山脈(Himalayas)の一国家の命綱である観光業を脅かすような最後通告を送る事態になるとは思いもしなかった。

 ネパールには、ヒマラヤ山脈にひかれて毎年数十万人の観光客が群がる。私が暴いた詐欺事件はそのすべてに影響する。膨大な数のトレッカーが必要のない高額のヘリコプター救助を要請させられ、支払われる保険金から仲介業者たちが上前をはねる。詐欺師たちが儲けるために、わざと不調にさせられる旅行者さえいる。

 私がネパール支局を率いるために最初に首都カトマンズに着いたのは、2016年11月だった。この貧しい国に年間数百万ドルの収入をもたらしているエベレスト産業。私はこれに関わる人々とできる限り多く知り合うよう、心掛けた。標高8848メートルの山頂への到達を目指してエベレストの麓に数百人が集まる春の登山シーズンは、ネパール支局の繁忙期だ。人間の限界力に挑む男女が毎年、過去の記録を破っていく。だが、失敗する人も少なくない。中には究極の代償を払い、世界最高峰の山腹で命を落とす人もいる。

(c)AFP

 私はジャーナリストとして、エベレストに取りつかれた。ここには驚くような記事のネタがすべてそろっている。偉大な人々、巨額の金、そして何よりも大きな山だ。

 しかし「一民間人」(私自身、熱心なトレッカーでもある)として見ると、エベレストの大騒ぎにはゾッとする。強欲、腐敗、母なる自然を征服しようとする人間の支配欲──多くの意味で、ここは人間の最悪の側面が表出している場所でもある。

 ヘリコプター救助をめぐる保険金詐欺の一番の標的は、エベレストのベースキャンプまでハイキングを試みるトレッカーだが、エベレスト登頂を目指す登山家たちにも手を出しており、エベレスト産業に関連する中で最も悪質なペテンと腐敗の例だろう。私にとってこの詐欺は、ネパール一番の呼び物であるエベレストに対するこの国の欲得ずくの態度を象徴している。

 それはまるで、寓話の「ガチョウと黄金の卵」のようだ。私たちは誰もがこの寓話(ぐうわ)の結末を知っている。

ネパール北東部ナムチェバザールでつり橋を渡るネパール人ポーターたち(2018年4月撮影)。(c)AFP / Prakash Mathem

■ヘリコプタービジネスが儲かっていた奇妙さ

 ネパールへ赴任して間もなく、不必要な観光客のヘリコプター救助に対して払われる保険金から、仲介業者が利益を得ているといううわさを耳にするようになった。だが、私に調査を開始させたのは2つの統計データだった。1番目は、過去5年間に新品のエアバス(Airbus)のヘリコプターAS350 B2とB3が20機、ネパールに納品されていることだった。2番目は、ネパールの民間ヘリコプターの年間飛行時間の合計が、世界のどこよりも多かったことだ。この2つの数字から思ったのは、ネパールのヘリコプタービジネスはその市場規模に不釣り合いに儲かっているということだった。

 それで取材を始めた。

 最初に私が話した人たちの多くは、詐欺は昔の話だと言おうとした。もう何年も前に収まっている、今はそんな話はない、と。取材している間、私は質問をはねつけようとした人たちからこうした類いの反応をよく受け、ネパールを分かっていないと言われた。

 しかし、ジャーナリストにとって、こんなふうにいなされるときは赤信号だ。すぐに私は、詐欺が証明しにくいほど巧妙に進化していて、儲けの規模も大きくなっていることに気付いた。

ネパール・ナムチェバザールに近いモンラ村に到着したヘリコプター(2018年4月17日撮影)。(c)AFP / Prakash Mathem

 4年ほど時間を巻き戻してみよう。ヘリコプター業者はわずかしかなく、仲介業者はヘリコプター救助の保険加入者に法外で、時によってまちまちな救助費用を課していた。私が目にした請求書では、エベレスト付近からのある救助では1万ドル(約115万円)、その数日後の同じような救助では1万2000ドル(約135万円)だったかと思えば、格安の6000ドル(約70万円)というものもあった。フライトの実質コストは4000ドル(約45万円)程度だったが、保険会社がしぶしぶ支払う高額の保険金との差額をヘリコプター会社とトレッキングガイド、仲介業者で分け合っていた。

 その時点で、時代を先取りする仲介業者がいくつか市場に割り込んできた。彼らは、請求書の額が違うことで保険業界が詐欺に気付き始めていることを理解していた。そこで新参業者は2つのことをした。まず請求額がまちまちにならないように、春秋のトレッキングシーズンの初めにヘリコプター会社数社と交渉し、統一した価格帯を設定すること。それから彼らは、問題が発生した場合にそれを和らげるために、世界中の保険会社との関係を築いた。

 結果、保険金は抑えられ、保険会社にとっては良かった。またフライト代との差額を懐に入れることを勘定していた抜け目のない仲介業者たちにとっても良かった。

エベレスト地方を歩くトレッカーとポーターの一行(2018年4月17日撮影)。(c)AFP / Prakash Mathem

 ここで新たな不正が始まった。仲介業者たちは、わずかな回数のフライトに法外な料金を課す代わりに、ガイドたちになるべく多くの登山者を救助するよう圧力をかけ、救助された複数の登山者を1機のヘリコプターに詰め込むようになったのだ(それぞれの登山者が加入した保険会社には、1回の出動分の全額が請求される)。浮いた分が彼らの懐に入る。

 1年に2回の短いシーズンの間のトレッキングガイドの稼ぎは、通常1日当たり2500ネパールルピー(約2500円)だが、救助を1回行えば最高500ドル(約5万6500円)の手数料が入る。カトマンズのヘリコプターチャーター会社やトレッキング旅行会社の幹部とつながりのある仲介業者には、さらに多くの額の仲介料が病院から入る。

ネパール北東部ナムチェバザールの高山地帯を歩くネパール人ポーターの一行(2015年4月18日撮影)。(c)AFP / Roberto Schmidt