■格安トレッキング旅行に警戒を

 格安トレッキングツアーを販売しているトレッキング会社が、この詐欺の核心にいた。こうした会社のツアーには大抵、順応期間が設けられていない。ツアーグループの誰か一人でも救助されれば儲かることを知っていて、格安のツアー料金で客を引き付けているのだ。適切な高地順応を行わずに観光客を標高の高い場所へ連れて行けば、救助を必要とする確率は高くなる。何人かのガイドは私に「ノルマがある」とまで言った。1グループのうち、少なくとも3分の1はヘリコプターで脱出させるというノルマだった。ノルマを達成するために、トレッキング客の食事に通じ薬である重曹を混ぜるという話も聞いた。下痢を起こさせるためだ。

 順応期間がなく、原価割れしている格安トレッキングをどれほど簡単に購入できるか確かめるために、私は観光客を装うことにした。薄汚れたジーンズとビーチサンダルをはき、前回スリランカに行ったときに手に入れたエレファント柄の布バッグをつかみ、観光客が多いカトマンズのタメル(Thamel)地区へ向かった。

観光客の多いネパールの首都カトマンズのタメル地区(2018年9月撮影)。(c)AFP / Prakash Mathem

 タメルで凹凸の激しい狭い道を通り抜けると、予想通り、安っぽい観光みやげを売ろうとする商人たちが近づいてきた。タメルの迷路のような路地には、まるで食器棚程度のスペースしかないトレッキング会社がひしめいている。壁からは色あせたエベレスト山頂の地図や写真が、はがれかかっている。

 適当にいくつかのトレッキング会社に入ってみた。私はどこでも同じ筋書きを話した。友人5人と一緒にエベレストのベースキャンプまで行きたいという筋書きだ。標準的な12日間のトレッキングツアーの料金──上は1050ドル(約11万円強)から下は650ドル(約7万円強)だった──を見積もってもらった後に、私と5人の架空の友人はネパール滞在中に他の観光も詰め込みたいので、トレッキングを10日に短縮できないかと聞いてみた。5社に尋ねて、標高5364メートルのベースキャンプに適切な高地順応をしないで行くのは危険だと言って私のリクエストを却下したのは、1社だけだった。

 いくつかのトレッキング会社では、トレッキング中に自分や友人の具合が悪くなったらどうなるかと聞いた。すると、どこも口をそろえて、数分以内にヘリコプターが救助に来るから大丈夫だと言った。

 ある会社では「カトマンズに着いたら、私たちが一緒に保険会社に電話をかけるので、あなたは『救助が必要だったんです。死にたくなかったんです』と言ってください」と言われた。

「この部分は、旅行客への私のボランティアサービスになります」とその男性は付け加えた。

祈りの旗の向こうに見えるエベレスト(2018年4月28日撮影)。(c)AFP / Prakash Mathem

 観光はネパール経済の基幹産業だ。収入と雇用の規模でいえば、観光を抜くのは、ペルシャ湾岸の建設現場で働く男性労働者の出稼ぎだけだろう(外国への出稼ぎ労働者による本国への送金は、ネパールの国内総生産の3分の1超を占めている)。しかし貧困や雇用機会の不足、不十分な規制、脆弱(ぜいじゃく)な政府、野放しの成長、そして手っとり早く手に入る現金の魅力といったもののはざまでネパールの山岳観光がいかに、そしてなぜ、このように汚いビジネスになってしまったのかは容易に理解できる。

 ネパールのトレッキング産業や登山産業のベテランたちはよく、詐欺や悪徳ビジネスを行っているのは山岳観光に割り込んできたよそ者たちだと非難する。彼らは、悪いのはヒマラヤ地方の地元出身者ではなく、ネパールの他の地域からやって来た商売人だと言う。ある意味、他地域からの流入の背景には、ヒマラヤ山麓に生まれた人は周辺に育った産業の恩恵を得るという幸運に対する嫉妬もある。エベレストがあり、そして山岳ガイドと同義語となっている少数民族シェルパ(Sherpa)が住むクンブ(Khumbu)地方は、観光のおかげでネパールの他の地方よりも裕福だ。

 シェルパは今もエベレスト山頂へのガイドは請け負うが、それよりも実入りの少ないトレッキング産業に雇われている人はあまりいない。トレッキングガイドの多くは山岳地方出身者でもなく、ネパール人口の半分以上が住む低地の出身者だ。

ネパールの首都カトマンズの商業地区タメル地区(2018年9月撮影)。(c)AFP / Prakash Mathem

■仲介――容認されているビジネス慣行

 エベレスト産業(登山とトレッキングの両方)は、サービスの質ではなくコストが市場を支配する熾烈(しれつ)な価格破壊競争の犠牲となってきた。エベレストのベースキャンプまでのトレッキング料金はこの20年間ほぼ変わっておらず、登頂ツアー料金は半額化している。利ざやが非常に薄い中、ヘリコプター救助詐欺は、現金収入が見込めるという意味で手っ取り早い収入源となっている。また多くの人は、2015年に国土に大きな被害をもたらしたネパール地震で観光客が寄り付かなくなり、少なくなった見込み客のプールを旅行会社が競い合うことになったせいだとも言う。

 ヘリコプター救助詐欺を支えている仲介料チェーンの仕組みは、ネパールではビジネス慣行として容認されている部分の一つで、その態勢を変えることは難しいだろう。給与は安く、収入を増やすとしたら期待できるのは仲介料、すなわち上前だ。タクシーの運転手は客をホテルへ連れて行けば、いくらか上前をもらうのが普通だ。医者は検査のために患者の血液を送る民間の研究所から少額の手数料を受け取ることで、収入を大きく増やすことができる。救急車の運転手にも、患者を連れて行った病院から手数料が支払われる。

ネパール北東部クンブ地方で荷物を運ぶネパール人ポーター(2015年4月撮影)。(c)AFP / Roberto Schmidt

 それに加えて、この観光業界は密接なコネでできている世界で、トレッキング会社からヘリコプター業者、病院まで、役員や株主として同じ名前を何度も見かける。私が取材で見つけた、特にコネの広いある男性は、ヘリコプター会社とチャーター会社各1社を所有し、さらに業界第2位のヘリコプター会社と1つの病院の創設メンバーで、トレッキング会社2社の常務取締役と航空会社1社の執行会長まで務めていた。

 そして同じ顔ぶれが航空当局の幹部だったり、ネパール・トレッキング業者協会(TAAN)の幹部としても名を連ねていたりするのだから、業界規制当局とロビー団体が同一であるようなものだ。この利益相反は、持続的な観光産業を築きあげる機会をネパールから奪ってしまっている。

 政府にも同様の姿勢がはびこっている。私が6か月以上の取材をかけた後に、ヘリコプター救助詐欺に関する記事を発表する数週間前になって、ネパール観光省はこの詐欺に関する独自調査を開始した。そして、それから6週間以内に、15社に対して処分警告がなされた。しかし観光省は、この大規模な詐欺に関する責任を実際に誰かに負わせることよりも、支払われた巨額の保険金が課税されていなかったことの方を気にかけているようだった。観光省の最終報告では、この詐欺をたきつけた仲介料問題については何も言及されていなかった。

 最近、この調査に深く関与した政府高官と話す機会があった。彼の話はまず、観光客を非難することから始まった。「彼らが救助を要求するんです」と彼は私に言った。私が詐欺との関係を突き止めたトレッキング会社らと同じ論法だった。そして彼は、トレッキング会社向けの新たなガイドラインと倫理規定によってヘリコプター救助詐欺は根絶されるだろう、と語った。

 その場を私が立ち去ろうとしたとき、同じ高官と会うためにやって来たトレッキング業者協会の一行とすれ違った。彼らは一体ロビイストなのか、規制当局なのか、私には見分けがつかなかった。

ネパール北東部クンブ地方に入る渓谷の尾根からエベレストの撮影を試みるAFPのアム・カナンピリー記者(右から2人目)とネパール人ガイドのパサン・シェルパ氏(右、2015年4月18日撮影)。(c)AFP / Roberto Schmidt

このコラムはAFPネパール支局のアナベル・シミントン(Annabel Symington)支局長が執筆し、2018年9月18日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。